©宝塚歌劇団
花組トップ、明日海りおの新作舞台、宝塚舞踊詩「雪華抄」(原田諒作、演出)とトラジディ・アラベスク「金色の砂漠」(上田久美子作、演出)が、11日、宝塚大劇場で開幕した。久々の日本物ショーと再演が続いた花組にあって「カリスタの海に抱かれて」以来の新作2本立て、加えて娘役トップ、花乃まりあのサヨナラ公演となった話題の公演、今回はこの公演の模様をお伝えしよう。
「雪華抄」は、「花の踊りはよーいやさー」のかけ声からチョンパーで華やかに始まる宝塚ならではの日本物レビュー。紅白の梅の花に彩られた舞台奥には前衛芸術のような白黒の雲海?が広がる。松井るみによる伝統を踏襲しながらも現代風な装置がいかにも若い演出家の舞台らしい感覚。そんななかで水も滴る若衆姿の明日海が「花の姿も艶やかに」と歌い始めるとそこはもう別世界だ。ソロを歌う花の美女、芽吹幸奈の美声に聞き惚れるうちにプロローグは終わり、宝塚の至宝、松本悠里がせり上がって一人舞う「花椿」へ。いつまでも変わらぬ若さと美しさ。
しっとりとした場面から一転、ごつごつした岩山での鷹(明日海)と鷲(柚香光)の荒々しい舞に。丸山敬太デザインによる羽のような衣装による明日海と柚香の存在の華やかさが際立つ場面だ。一気にテンポアップしたところで、続くは江戸庶民の七夕祭りをテーマにした「七夕幻想」へ。鳳月杏と桜咲彩花のカップルが銀橋で星に願いをかけると本舞台からは芹香斗亜と仙名彩世の彦星と織姫が登場、芹香、仙名ならではの優しい雰囲気がとけあう夢幻世界が現出。
幻想的な雰囲気を打ち破るのは民謡メドレー。波の男、瀬戸かずやの「大漁追い込み節」から始まって明日海の粋な「佐渡おけさ」など各地の海をテーマにした民謡を激しい踊りと共に披露、芹香が中心となっての「串本節」がいわば中詰めで、客席からは手拍子も巻き起こり、大いに盛り上がった。
続く「清姫綺譚」は明日海が安珍、花乃が清姫に扮して、宝塚伝統の安珍清姫伝説を情熱的かつドラマチックに展開。水と炎の表現がダイナミックで、ラストの雪がタイトルを象徴、余韻を残す。花乃が清姫の情念を一瞬の早変わりも含めて巧みに表現。雪の歌手、和海しょうのソロも聴きもの。
そしてフィナーレは、明日海安珍と花乃清姫が生まれ変わって春の若衆、春の舞姫で登場、満開の桜の花びらが舞い散る中、豪華絢爛の舞踊絵巻は幕を閉じる。50分弱の短いレビューで緩急自在、日本物にありがちな中だるみがなく、洋物感覚のテンポのよさであっというまのフィナーレだった。純京風の本格的な日本料理ではなく、素材は最高級の国産だが若いシェフによる創作和風会席といった感じの舞台だった。好みはそれぞれだ。かつて酒井澄夫氏が辻村ジュサブローを衣装担当に招いて作った日本物のレビューがあったが、ふとそれを思い出した。
「金色―」は、昨年の「星逢一夜」で一躍、期待のエースに駆けあがった上田久美子氏の待望の新作。今回もオリジナルで、とある古代の砂漠の王国を舞台にした愛憎劇だ。開巻早々に明日海扮する奴隷のギイが花乃扮する王妃が車から降りるときに自ら踏み台代わりになるなどファンなら目をそむけたくなるような刺激的な場面があり、どうなることかと思えば、奴隷、実は…と予想通りの?意外な成り行きになるなど、かなり強引な展開ではあるが、見ていて疑問を挟む余地を与えず、次から次へと汲めども尽きない新たな展開に持ち込んでいく手腕は、宝塚きっての新たなストーリーテラーの面目躍如といったところ。最後まで飽かせることはなかった。フィナーレも含めて満腹感たっぷり。高級バイキング料理を腹いっぱい食した感じだ。
明日海扮するギイは、幼い頃から花乃扮するイスファン王国の第一王女タルハーミネに仕える専属の奴隷。この国には王女には男の奴隷、王子には女の奴隷を幼少のころからつけて身の回りの世話をさせるのがしきたりだった。成人してもそのままという、王国でこんなしきたりがあることがそもそもありえないのだが、それを物語のベースとして納得させてしまい、そこから物語を紡いでいくのが上田流だ。すべては、そのしきたりがあるゆえに起きてしまった愛憎劇である。
詳しい物語は見てもらうのが一番。「星逢一夜」は主要な登場人物3人以外はほとんどチョイ役だったが、今回はその轍は踏まず、ざっと数えただけでも14人もの重要な人物がおり、それぞれが物語を有機的に運ぶ役割を担う。それぞれの色分けがしっかりしているので役名がややこしい割には、非常に分かりやすい。第二王女付きの奴隷ジャーに扮する芹香が、進行役を兼ねていて、そこここで簡単な説明を加えるのも親切な作りではあった。
ここからはネタバレになる怖れがあるので、未見の方はパスしていただきたい。
明日海は、奴隷としての無垢な少年時代、王女を愛した青年時代、そして出生の秘密を知って復讐に生きる屈折した成年時代と三つの時代を、明日海本来の内に秘めた熱さでそれぞれの時代に応じて変化させながら演じ分け、演技巧者ぶりを見せつけた。愛が憎しみに変化しながらもさらに強く結ばれる王女タルハーミネとの屈折した情熱的な演技に加えて、古代楽器の弾き語りや、派手な立ち回りもあり、まさに魅力全開といったところ。フィナーレではターバンを巻いた黒燕尾によるダンスのセンターを踊り、芝居での質素な衣装のイメージを一気に払しょくした。
これがサヨナラとなる花乃は、娘役冥利につきるこれ以上ないほどのいい役。何しろ明日海が自分の意のままに操れる奴隷で、柚香光が求婚者という贅沢さ!柚香扮する求婚者との挙式を承諾しながら、結婚前夜に奴隷のギイと結ばれてしまう。王女としての気位は高く、打算的なところもあるが、金色の砂漠に憧れ、その時々で純粋な心も見え隠れする。なかなかの難役を花乃は実に誠実に演じた。サヨナラ公演とあって吹っ切れたところもあるのだろうが、これまで以上に自由な感じで、王女としての品もあり実に美しい。
二番手の芹香は第二王女ビルマーヤ(桜咲彩花)の奴隷で、のちにギイの弟であることが分かる。直情的なギイとは対照的に心優しく、思いやりのある青年で、桜咲扮するビルマーヤを愛しながらも、献身的に仕える。芹香の個性にぴったりの役どころでさわやかな印象。
一方、柚香はガリア国の王子テオドロス。花乃扮する第一王女タルハーミネの求婚者で、自国の利益を第一に考えてタルハーミネと結婚する。しかし、王子としての風格もあり、その凛々しさで本心を隠す、複雑な心情を巧みに表現、まさに適役だ。三番手としてのおいしい役を好演した。
主要な4人以外にも面白い役が多く、まず瀬戸かずやは第三王女シャラデハ(音くり寿)
の奴隷プリー。王女の理不尽な言動に王宮を逃げ出す。シャラデハに扮した音のわがままぶりが面白い。第二王女ビルマーヤの桜咲も印象的な役だった。王女たちの父であるイスファン国の王シャハンギールは鳳月杏、その妻で王妃アムダリアが仙名彩世。鳳月のいかにも権謀術数にたけた感じの父王の存在感も素晴らしいが、前夫を殺害されて後妻となったアムダリアの屈辱に満ちた人生を仙名が熱演、明日海との絡みも見せた。英真なおきのピピ、高翔みず希のナルギスといったベテラン勢にも見せ場がある。
あと忘れてはならないのが砂漠の盗賊の女リーダー、ラクメに扮した花野じゅりあのかっこよさ。弟ザール役の水美舞斗らとともに盗賊団メンバーのはつらつぶりも見ものだった。豊富な花組メンバーを適材適所で使い分けた職人的手腕はなかなかだった。ただタイトルにもなっている「金色の砂漠」の意味をどうとらえていいのか、最後までよくわからなかった。
フィナーレは、瀬戸、柚香、鳳月、水美の4人が銀橋で歌った後本舞台から芹香が登場、娘役陣とのダンス、そして明日海、花乃のデュエットダンスへと続く。ここは物語の続きという解釈だ。そして仙名を中心にしたラインダンスになり、明日海を中心としたターバンを巻いた黒燕尾のダンスと続く。エトワールは金色のゴージャスなドレスを着た花乃が務めた。
©宝塚歌劇支局プラス11月13日記 薮下哲司
★雪組中日劇場公演鑑賞ツアー、好評受付中★
○…宝塚のマエストロ、薮下哲司と宝塚歌劇を楽しむ観劇会の第2弾「宝塚歌劇雪組公演イン中日劇場特別鑑賞バスツアー」(毎日新聞大阪開発主催)を、来年2月8日(水)に実施することになりました。
午前8時、西梅田から観光バスで出発、早霧せいな、咲妃みゆ、望海風斗主演の雪組ゴールデントリオによる秀作「星逢一夜」と「Greatest HITS‼」12時の回を名古屋・中日劇場のA席(8000円)で観劇、幕間に昼食(弁当)をとり、終演後にはノリタケの森のレストランでアフタヌーンティー(軽食付き)を飲みながら薮下哲司が公演を解説、午後7時半ごろに大阪に帰着という日帰りツアーです。
参加費は22500円(消費税込み)。先着40名様限定(定員になり次第締め切ります)チケット難が予想される公演です。今ならまだ間に合います。席が確保されているこのツアーのご予約をおすすめします。
詳細・問い合わせは毎日新聞旅行☎06(6346)8800まで。