©宝塚歌劇団
メンバーの良さが光る!雪組大劇場公演「私立探偵ケイレブ・ハント」と「Greatest HITS!」始まる
「るろうに剣心」「ローマの休日」に続く雪組トップ、早霧せいな主演による新作舞台、ミュージカル・ロマン「私立探偵ケイレブ・ハント」(正塚晴彦作、演出)とショーグルーブ「Greatest HITS!」(稲葉太地作、演出)が、7日、宝塚大劇場で開幕した。今回はこの舞台の模様をお伝えしよう。
正塚氏久々のオリジナルによる「私立探偵―」は、1950年代のロサンゼルスを舞台にしたハードボイルド風のミュージカル。初期の正塚氏の作品にはこの手のものが多く、なかでも大浦みずきがバウホールで主演した花組公演「アンダーライン」(1983年)は、私立探偵に扮した大浦のトレンチコート姿にやるせないジャズの歌声がかぶって目と耳に強烈に焼き付いている。今回の作品はこの「アンダーライン」をベースに大劇場用にスケールを大きくしてリニューアルしたように見える。主人公が女性の失踪事件を追っていくうちに巨悪の存在が明らかになっていくという展開もよく似ている。「アンダーライン」とは限らず、なんだかどこかで聞いたような話で新味はないが、早霧、咲妃、望海の雪組が誇るゴールデントリオの勢いでみせてしまう。旬のスターの魅力が作品に大きな弾みをつけた好例だ。
オープニングはハリウッドの撮影所。当時流行していた犯罪映画の撮影の真っ最中。黒いスーツ、帽子、白い手袋といったいでたちの男役ダンサーたちの群舞の中央にシルバーメタリックのスーツ姿の早霧がさっそうと登場、ひとしきりダンスシーンが繰り広げられたあと、監督の「カット」の声で撮影が中断する。なかなか洒落た出だしだ。探偵事務所の所長ケイレブ(早霧)が、依頼人の映画監督(奏乃はると)を訪ねてきているという設定だが、ケイレブの目の前でエキストラの女性の死亡事故が発生する。現場にいたスタイリストで恋人のイヴォンヌ(咲妃みゆ)に事情を聴くがはっきりしない。事務所に帰り、共同出資者のジム(望海風斗)とカズノ(彩風咲奈)と定例会を開き、情報交換をしたところ、彼らが取り組んでいる事件と女優の死亡事件のどちらにも「マックス・アクターズ・プロモーション」がからんでいることが分かる。そこに、行方不明の娘を探してほしいとメキシコ人夫婦が訪ねてくる。
探偵サイド、警察サイド、捜索サイドと雪組の豊富な演技陣をうまくバランスをとって配置、それぞれ見せ場を作ってストーリーが展開していく。とはいえ、本筋はケイレブとイヴォンヌの大人の恋の行方。事件が、思いがけなく二人のラブストーリーに降りかかってくるという筋立てで、危機に陥った二人が再び信頼を取り戻すことができるのか、2人の緊迫したラブシーンが演技巧者のコンビならではの息の合ったムードで盛り上げる。ラブサスペンスとしてなかなかよくできている。
早霧はレザースーツにタイトなパンツといったファッショナブルなスタイルがことのほかよく似合い、セレブ相手に企業のトラブルの解決も請け負ったりする、結構、羽振りがいい感じのスマートな私立探偵役を、都会的センスでかっこよく演じ切った。
対するイヴォンヌ役の咲妃は、これまでの彼女の役柄にはなかった、自立した女性役で、ケイレブに対しても対等に意見をいえる強い性格の持ち主。とはいうものの、ケイレブを心から愛していて、危険な仕事に没頭するケイレブのことを人一倍心配している。誕生日に待ちぼうけをくらい、遅れてやってきたケイレブと、サンタモニカの夜の海岸でデートするあたりは、この二人ならではの親密な雰囲気が出た。
ジムの望海とカズノの彩風は、ケイレブの探偵事務所の仲間という役どころで、事件の解決に協力するという立場。ジムにはレイラ(星南のぞみ)という恋人、カズノも歌手ポーリーン(有沙瞳)との関係がほのめかされるが、どちらもケイレブのサポート的な軽い役。しかし、兄貴的な望海と弟分的な咲奈のコンビは、なくてはならない絶妙の雰囲気を醸す。ジムやカズトを主人公にして別の事件の物語がスピンアウトで作れるといったそんな感じだ。経理係ダドリーの真那春人、事務員コートニーの早花まこ、雑用係トレバーの縣千、元秘書グレースの桃花ひなの事務所メンバーにもコーヒーメーカーの件など細かいディテイルが用意されていて、チームワーク抜群、みんなが楽しげに役作りをしており、その辺が作品がいきいきしている一因だ。
一方、彼らに協力するロサンゼルス警察は彩凪翔扮するホレイショーと永久輝せあ扮する部下のライアンの2人。当初はケイレブたちと対立するが、事件解決に徐々に協力体制をとるようになる。正義感あふれる一途な警官をさわやかに演じた。
そして、ケイレブたちの捜査の対象となる「マックス・アクターズ・プロモーション」の社長、マクシミリアンに扮するのが月城かなと。先ごろ月組への組替えが発表されたばかりだが、「オーシャンズ11」でいえば紅ゆずるや望海風斗が演じたテリー・ベネディクトに似たおいしいヒール役。出番は後半からだが、この月城がなかなかの存在感で、期待の大器にふさわしいスケール感で見せた。少し前なら、望海が演じていた役どころだろうが、これを月城が演じるという面白さ。これこそ宝塚だ。
ほかに事件解決に大きなカギを握るケイレブの戦友ナイジェルに扮した香綾しずるの何気ない演技にも注目。娘役では失踪した女性アデル(沙月愛奈)の友人ハリエットに扮した星乃あんりも事件にからむ役で印象に残る。
マクシミリアンの屋敷でのパーティーシーンからロサンゼルス空港へと後半の畳みかけるような緩急自在の展開も正塚氏らしいテンポで最後まであかせなかった。
ショーグルーブ「―HIT!」は、早霧をセンターに、男役は白のタキシード、娘役は濃いピンクのドレスで登場する華やかなプロローグから、タイトル通り、おなじみのヒット曲をバックに次々に展開するショー。ジュークボックスから流れる耳馴染みある曲が連続するが、全然、古臭くなくそれが、稲葉氏独特の色彩感覚と洒落た衣装、音楽的センスが横溢していて、逆に新鮮に映る楽しいショーだった。
これまでプログラムにショーに使用される楽曲は細かく掲載されなかったが、全曲が明記されたのも非常に親切だった。以前、某氏のショーで、既成曲が出てきたので、原曲のタイトルを聞くと「オリジナル曲だ」と答えられて唖然としたことがあったので、これは快挙だと思う。
咲妃が歌ったマドンナの「マテリアルガール」が絶品だったが、中詰めの早霧サンタクロースとトナカイたちが綴るクリスマスソングメドレー、そしてベートーベンの「運命」をフィーチャーした望海と彩風を中心にした真紅の大群舞(KAZUMI-BOY振付)から早霧、咲妃の「オーバー・ザ・レインボー」のブルーのデュエットダンス(これがすごい!)に続いていく展開も見ごたえ十分。久々にショーを堪能した。
フィナーレは早霧、咲妃、望海のトリプルダンスというのが珍しく、パレードは月城がエトワールを務めた。
©宝塚歌劇支局プラス10月9日記 薮下哲司