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望海風斗、歌の巧さですべてをねじふせる!ミュージカル「ドン・ジュアン」大阪公演開幕
雪組の人気スター、望海風斗が世紀のプレイボーイを演じるミュージカル「ドン・ジュアン」(生田大和潤色、演出)の大阪公演が、2日から大阪・シアター・ドラマシティで始まった。今回はこの模様を報告しよう。
「ロミオとジュリエット」「太陽王」「1789」に次ぐ宝塚におけるフレンチ・ミュージカルの第4弾で、フェリックス・グレイ作詞、作曲による同名ミュージカルの翻案公演だ。2004年にカナダで初演、その後パリや韓国で上演され人気を博したという。オリジナルはこれまでの多くのフレンチ・ミュージカル同様、歌手とダンサーの役割がはっきり分かれている独特のスタイル。これを生田氏はほどよくバランスをとり、本来のミュージカルらしい体裁に整えて、見ごたえ&聴きごたえのある舞台に仕上げた。
婚約者がいながら夜ごと女性を愛し愛された稀代のプレイボーイ、ドン・ジュアンが、思いがけなく恋に落ち、人間性に目覚めるが、結局は「愛のために死す」という呪い通り、すべてがはかない夢に消えてしまうというストーリー。モーツァルトのオペラ「ドン・ジョヴァンニ」を筆頭に、映画や舞台で何度も取り上げられているが、実はこのお話、個人的にはあまり好きではなかったのだが、フラメンコをベースにしたエネルギッシュなダンス、流麗かつスタイリッシュな音楽がことのほか素晴らしく、望海を筆頭にノリに乗る雪組メンバーのパワーも炸裂、どろどろした暗い話とは思えないほどドラマチックに盛り上がった。
望海は、登場シーンから眼光鋭く何かに憑かれたような雰囲気で、悪徳の限りを尽くすドン・ジュアンを体現、ひとしきり踊った後、しびれをきらしたファンをじらすかのようにソロが始まる。このタイミングが絶妙で、ファンは一気に引き込まれたのではないだろうか。決して誰もが感情移入できる役ではなく、難役だが、望海ならではの圧倒的な歌唱力はすべてをねじふせる力があり、多少のほころびは目をつむってしまおうという気にさせられるほどだった。
宝塚歌劇は、角和夫氏がグループのトップになって以来、角氏自ら宝塚音楽学校の入学式や卒業式などことあるごとに生徒に歌唱力の向上を説くなど、歌唱力の充実が最優先課題になっている。星組トップの北翔海莉や望海はまさに優等生タカラジェンヌといえるだろう。望海の今後のさらなる活躍を期待したい。
一方、ドン・ジュアンの親友役で舞台の進行役も兼ねるドン・カルロに扮した彩風咲奈も一皮むけたようなすばらしさ。プロローグの第一声のなめらかな発声は、一瞬、彩風とは思えなかったほど。もちろんそれだけではなく男役としての居住まいもずいぶん垢抜けて、ひとまわり大きくみえた。ドン・ジュアンの理解者であり親友だが、ドン・ジュアンの婚約者エルヴィラにひそかに恋をしているという設定。役的にはドン・ジュアンに対する無償の忠誠心には理解できないが、誠実な人間像はよくでていた。
相手役のマリアは彩みちる。婚約者ラファエルの出征後、依頼された彫刻を掘っているところでドン・ジュアンと運命的な出会いをする。タイトなパンツスタイルに黒のロングヘア、ぱっちりした目元がキュートでなんともセクシー。海千山千のドン・ジュアンを一目で射抜くだけのインパクトはあった。これまでにない宝塚の娘役ヒロイン像だ。「るろうの剣心」での少年役が印象的で、今回のヒロイン役となったよう。歌がやや不安定で大きな減点だったが、それをあまり感じさせないくらいの新鮮な風を吹き込んだ。
ラファエル役は永久輝せあ。マリアの婚約者だが出征、戦後、帰還したがマリアがドン・ジュアンに傾いたことを知り、ドン・ジュアンに決闘を申しこむ。背が高く、美形ホープであることを改めて再認識。やや自分中心的だがそれを自覚していない青年を、いかにもそれらしく演じて、大きく成長した。
ドン・ジュアンの婚約者エルヴィラは有沙瞳。演技派として定評のある有沙だが、今回も女性のあらゆる面を自然に浮かび上がらせた。あと印象に残ったのは何といっても騎士団長役とその亡霊に扮した香陵しずる。健闘をたたえて敢闘賞を贈りたい。これは見てもらったら誰もが納得するだろう。
ドン・ルイ・テノリオの英真なおき、イザベルの美穂圭子は専科生ならではの滋味深い演技と歌で舞台を引き締めた。専科勢の応援が舞台に大きな厚みをもたらしたが、雪組メンバーの歌のうまさに圧倒される公演でもあった。
©宝塚歌劇支局プラス7月5日記 薮下哲司