©宝塚歌劇団
月組トップ、龍真咲のサヨナラ公演、ロック・ミュージカル「NOBUNAGA信長」―下天の夢―(大野拓史作、演出)とシャイニング・ショー「Forever LOVE‼」(藤井大介作、演出)が10日、宝塚大劇場で開幕した。今回はこの模様を報告しよう。
戦国武将のなかでもひときわ男らしく、豪快なイメージのある織田信長。孤高のトップというイメージのある龍にはぴったりで、ロック・ミュージカル仕立て(高橋恵作曲)というのがいかにも今風だ。
まず冒頭、白装束の龍信長が「敦盛」を舞う能がかりの場面が一転、一気に桶狭間の戦いをロックの群舞で展開する導入がダイナミックかつテンポがよく、物語の世界に一気に没入させた。ここで信長の妻・帰蝶(愛希れいか)や秀吉(美弥るりか)前田利家(輝月ゆうま)そしてのちの将軍・足利義昭こと覚慶(沙央くらま)その家臣、明智光秀(凪七瑠海)らが一堂に会して役者がそろい、これからの展開に心が弾む。
次の南蛮船の場面で時は10年経過、ここで物語のキーパーソン、ロルテス(珠城りょう)が登場する。宣教師の護衛として来日したローマ出身の騎士で、裏切り者の汚名を返上するため、日本征服の野望を抱くロルテスは、破竹の勢いだった信長に興味を持ち、彼を支える武将に興味を持つ。ロルテスは比叡山の僧兵に囲まれているところに、象に乗った龍信長と遭遇、知己を得る。向かうところ敵なし、信長の天下統一の道の前に、ロルテスはいかに立ちはだかったか。
暴君で一人突っ走る信長に対する武将たちの不満と鬱積を、ロルテスがうまく利用、日本を乗っ取ろうと画策していたという隠れテーマがこの舞台のミソで、これ自体あまり語られなかった新しい視点でなかなか興味深い。ただ、台詞を歌で展開するロック・ミュージカルの宿命で、歌詞が聞き取れず、ロルテスが武将たちをたきつけて信長暗殺に誘導していく過程がいまいちよくわからない。ここがもっとわかりやすければ、さらに面白く見られたのにと悔やまれる。企てが失敗したことを知り、信長に向けた銃を差し出す、ここ一番のくだりが、ぴんと来ないのだ。ロルテスを進行役にするのも一つの手だったかも。冒頭の能がかりや象の場面、豪華な衣装などはよかったが、せっかく宝塚なのだから安土城天守閣再現はぜひ見たかった。
これがサヨナラ公演となった龍は、その天衣無縫、いい意味で自分中心的なやんちゃなイメージが信長にぴったりで、サヨナラ公演にしてうまく代表作にはまったという印象。本来の豪快な信長のイメージから言うと龍にしても可愛すぎるきらいはなくもないが、龍ならではの信長だといえよう。妻はおろか弟にも心を開かなかった信長の孤高の存在感がいい意味で龍のイメージと重なった。「今から行こう」と一人で船出するラストシーンが龍らしく潔かった。
珠城ロルテスは、ウェーブのかかった長髪にひげを蓄え、いかにも騎士くずれといった佇まい。ほかが和装なのでとりわけかっこよく映る。骨太ではあるが、基本はさわやかな青年タイプなので、腹に一物あるというこの手の役は挑戦だが、大健闘している。周囲が秀吉や光秀などよく知られたキャラクターなので、それらに負けないキャラクターの濃さを今後さらに工夫してほしい。
信長を暗殺する明智光秀には、月組生としてはこの公演が最後となった凪七。その光秀を討ってのちに天下統一する秀吉に美弥。そして、信長の天下統一に利用される将軍、足利義昭が沙央。それぞれの立場を考えるとなんだか意味シンな配役となったが、そんなことは関係なくいずれも好演だった。凪七は、知的で頭脳明晰な光秀をクールに体現、美弥は、サルのあだ名で知られるにはやや端正な秀吉だったが、ひょうきんな明るさはさすが。沙央の義昭は、したたかな策士的雰囲気を巧みに表現して舞台を締めた。後半、3人が続けさまに銀橋を渡るソロがあり、ここはさすがに盛り上がった。
濃姫とも言われる信長の妻、帰蝶は愛希。武芸に秀でた男勝りな女性ということで長刀を持っての勇ましい場面ばかりで、信長とのラブシーンはほとんどないに等しかったが、いかにも愛希らしい役どころ。将軍家が信長を裏切ったという知らせが入った時、戦いをやめようと信長を諫める場面がみせ場。信長を心で支える帰蝶を凛として演じ切った。
帰蝶の家臣で光秀の妹、妻木に扮したのが朝美絢。ロルテスの陰謀の手先になる重要なワキ。朝美が龍を誘惑するセクシーな場面もあり、若手男役をこういう娘役で起用したのは大野氏の手腕か。朝美はこのあと信長の小姓、森蘭丸役でも登場する。もう一人の期待の若手、暁千星は、妻木の恋人、佐脇良之。岐阜城で信長に切りかかる大役だ。
娘役はお市の方が海乃美月、ねねが早乙女わかばで、それぞれ好演。信長の弟、信行役の蓮つかさが印象に残った。
ショー「Forever LOVE‼」は、幕が開くと、珠城ら赤とピンクの衣装をきたラブジェントルマンがずらりと登場、愛希らラブレディ―ズらも加わってリズミカルなダンスを披露したあと、全員が両サイドにはけると舞台中央からゴージャスな羽のガウンをまとったラブラバー龍が登場。「Love Love Love」と歌い始める。なんとも豪華で華やかなオープニング。藤井氏が愛をテーマに、サヨナラ公演の龍にささげたショーだ。プロローグの後、ラテンの場面では、まず龍が愛希とデュエット、続いて凪七とムーディーに、美弥とはセクシーに、そして沙央とはコミカルに、それぞれ女役で一曲ずつからむ。「カチート」を明るいテンポで踊った沙央とのコンビが楽しかった。
愛希と珠城のフレッシュコンビのダンスの後は、龍を中心とした黒燕尾を着崩してかっこよく踊る男役のナンバー。ここがなかなかの見もの。燕尾を脱ぎ捨てた龍が男役と入れ替わった娘役たちと踊るナンバーから、再び男役をまじえてパワフルに踊るロックナンバーに展開するあたりがなんともおしゃれだ。
続いては愛希のダンスナンバー。ダンサー愛希のための場面だ。このあとからは、龍惜別モードに突入。凪七と美弥が去りゆく仲間を思う歌からはじまって、龍が仲間に見守られながら光の中に去っていく。とはいえサヨナラ公演独特の湿っぽさは一切ない。龍と一緒に退団していくメンバーにも一小節ずつソロがある心遣いがうれしい。フィナーレは沙央がエトワールを務め、華やかなパレードでしめくくった。全体的にピンクで統一。最初から最後まで温かい雰囲気に包まれたショーだった。
©宝塚歌劇支局プラス6月12日記 薮下哲司
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各組公演評、OG公演評と共に半年分の「新人公演評」も新設。OGロングインタビューは「天使にラブソングを」でミュージカル初挑戦する元花組トップ、蘭寿とむの登場です。
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http://www.seikyusha.co.jp/wp/books/isbn978-4-7872-7389-5