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明日海りお、ビルに新しい風「ME AND MY GIRL」8年ぶり大劇場で再演
明日海りおを中心とした花組によるミュージカル「ME AND MY GIRL」(小原弘稔脚本、三木章雄演出)が、29日、宝塚大劇場で開幕した。今回はこの公演の初日の模様を報告しよう。
剣幸による月組初演から29年、再演につぐ再演ですっかり宝塚の代表作のひとつとなった「ミーマイ」こと「ME AND MY GIRL」だが、大劇場では瀬奈じゅんの月組再演から8年ぶり。久々に大劇場でみると、生オケの臨場感、群舞の華やかさ、コーラスの厚みがこのミュージカルの楽しさに輪をかけて、宝塚ならではのハッピーミュージカルであることを再認識させてくれた。明日海りおのビルは、下町育ちのがらっぱちなところが、品のよさで邪魔をするのではと懸念したのだが、予想以上のはじけっぷり。花組全体を引っ張った。
オリジナルの1985年ロンドン再演版は、人気コメディアン、ロバート・リンゼイのための作品で、もっと小人数のこぢんまりとしたミュージカルコメディ。ブロードウェーで幻想シーンのダンスが加わってショーアップされたが、宝塚版はさらに華やかにゴージャスな味つけが施された。ただもともとのテーマである階級社会への風刺はかなり薄め、ビルとサリーのラブストーリーに焦点があててあるのは宝塚ならでは。
下町育ちのビルは、貴族の落とし胤であることがわかり、遺産相続のために紳士教育を受けることになる。彼にはサリーという将来を約束した恋人がいるのだが、結婚相手は家柄にふさわしい女性でないと遺産が受け取れないことがわかり、ビルは遺産よりも恋を選ぼうとするのだが…。もうすっかりおなじみとなったストーリーがテンポよく展開する。
登場人物が少なく、大人数の宝塚には向かないはずなのだが、これだけの人気ミュージカルになりえたのはやはりノエル・ゲイによる音楽のすばらしさに負うところが大きい。一度聴いたら口ずさまずにはいられない名曲の数々がてんこもり。1937年初演、もとは80年も前のものなのだが、この時代の曲は宝塚に実に似合う、まさに王道ミュージカルである。
剣幸、天海祐希、久世星佳、瀬奈じゅん、霧矢大夢、真飛聖、龍真咲とそうそうたるメンバーが演じてきたビルに挑戦した明日海は、もともと品のいい青年が似合うきゃしゃなタイプで、ガラの悪い下町育ちの青年を演じるのは無理があるかなあと思っていたのだが、満座の上流階級の人々をけむに巻く登場シーンから、しっかりと作り込んで臨み、違和感がないどころか、楽しんで演じている感じがよく伝わり、時々アドリブも加えるなど余裕たっぷり。見ているこちらまで気持ちが和んだ。
初日の舞台では、ヘアフォード邸に一緒に連れてきた恋人サリー(花乃まりあ)を呼びに行くくだりで、屋敷の扉が開かないというハプニング、ジェラルド役の水美舞斗が手伝うがまだあかず、たまりかねた?ジャッキー役の柚香光が飛んできて豪快にドアをたたいてやっと開き、満員の客席からはやんやの拍手と大爆笑、これで緊張感が一気にほぐれたのも確かだった。とにかく細かい演技が丁寧で、二幕の図書館の場面のマントさばきで明日海流の工夫を加えるなど、役への取り組み方が半端ではない。なめらかな独特の歌唱はいまさらいうまでもない。聞かせどころの「街灯によりかかって」は特によかった。
相手役サリーを演じた花乃は、下町娘らしい庶民的な雰囲気をうまくつくりあげて、まさにぴったり。誰かに似ていると思ったらプログラムの広告の綾瀬はるかだった。「一度ハートを失くしたら」のソロも心を込めて無難に歌い上げた。
役が少なく、この公演も例によってこの二人以外の主要人物はダブルキャスト。初日はAパターンでジョン卿が芹香斗亜、ジャッキーが柚香、ジェラルドが水美、マリア公爵夫人が桜咲彩花、弁護士パーチェスターが鳳真由という配役。
芹香のジョン卿はひげをたくわえて貫録たっぷり。「アーネスト・イン・ラブ」で明日海と互角に渡り合ったあとなので、明日海とのかけあいも呼吸ぴったりだった。ジャッキーの柚香は、最初のナンバーの音程が不安定で思わずハラハラしたが、その圧倒的な存在感は見事。「新源氏物語」などで大役の場数を踏み、自分の立ち位置がわかってきたようだ。ジェラルドの水美も、名前の通り、水も滴る美青年とはこの人のことかと思わせるほどの美しさ。演技的にも歌唱にも押し出しが出てきた。今回の大きな収穫の一つはマリア公爵夫人の桜咲。この役はうまくやれば作品全体を支配できる大きな役で、宝塚ではさすがにそこまではできないが、明日海との絡みも凛として立派にこなし、公爵夫人らしい品の良さも醸し出していた。儲け役パーチェスターはこれが退団公演となる鳳。彼女も予想をはるかに上回る出来で、これまでうまく使われなかったのがもったいなかったと残念に思った。
あとはBパターンでジョン卿を演じる瀬戸かずやがランべスキング、ジャッキーの鳳月杏がランべスクイーン。天真みちるがヘザーセット(渋めの押さえた演技で好演)。パーティーで登場するソフィアに華雅りりか、メイに城妃美伶といったところがメインキャスト。コアなところでランべスの街角で電報配達の男に優波慧、ガス灯係が綺城ひか理と新人公演のビル役2人が演じている。この二つの役はかつてから期待の新星が演じることで有名だ。
ところで、この作品、誰一人悪人が出ないのも特徴で宝塚にぴったりの演目だが、私個人としては、ラストはあまり気に入っていない。ビルとサリーは堅苦しい貴族の生活から逃れて下町で自由に暮らすという結末の方がハッピーエンディングだと思うからだ。ビルとサリーは結ばれるが、遺産と同時に貴族という階級も選択する。このあと本当の幸せはつかめたのかどうか。それこそ後日談が見たいものだ。
フィナーレは、まずロケットから。センターに位置する亜蓮冬馬がひときわ目立った。ついで瀬戸と桜咲が銀橋で主題歌を歌い、続いて大階段中央に芹香、鳳月、柚香の3人が黒燕尾でかっこよく登場、それぞれポーズをとったあと舞台前面で水美ら男役ダンサーが加わって華やかに群舞、明日海と花乃のデュエットダンスにつないだ。ゴールドの豪華な衣装がまぶしい。エトワールは芽吹幸奈、あとはそれぞれ役にもどってのパレードとなる。
明日海は「前夜祭でこの作品を作り上げてこられた上級生のお話を伺って、素敵な作品を演じられることの嬉しさと共に大変なプレッシャーも感じましたが、演出の三木先生の納得できないことを納得できないままやるのはやめようという一言が追い風となりました。きょうはいろいろハプニングもありましたが、無事終えることができました。花組一丸となって進化していきますので、何度でもご覧ください」とあいさつ。客席は総立ちで大きな拍手を送っていた。
©宝塚歌劇支局プラス4月30日記 薮下哲司