花總まり、貫録のマリー・アントワネット!東宝版「1789」開幕
「グランドホテル」も23年ぶりにリニューアルして登場
昨年、月組が日本初演したフレンチ・ミュージカル「1789」の東宝版(小池修一郎潤色、演出)が、9日、東京・帝国劇場で開幕した。アントワネットが花總まりと凰稀かなめ、オランプが夢咲ねねと神田沙也加のダブルキャストという話題の公演だ。一方、1993年に涼風真世のサヨナラ公演として月組で上演されたミュージカル「グランドホテル」も新演出(トム・サザーランド演出)で23年ぶりに登場、こちらはレッド、グリーンの2バージョンがありグリーンに安寿ミラ、樹里咲穂が出演、両バージョン通して湖月わたるがダンサーとして出演している。今回はこの2つの公演の模様を報告しよう。
まず「1789」は、革命前夜のフランスを舞台に、農民の青年ロナンが、貴族の将校に家族を目の前で殺されたことからパリに出奔、ロベスピエールら革命家と知り合い、バスティーユ監獄陥落に大きな功績を残し、自由と平等のために自ら犠牲になるまでを描いたミュージカルで、大筋は宝塚版と同じ。宝塚版が、クライマックスのバスティーユ監獄襲撃の場面から回想に入ったが、東宝版は、時系列通りに展開。上演時間は3時間で宝塚版と同じだが、フィナーレがないのでロナンの妹ソレーヌのナンバーなどかなり新たな場面が増えた。ロナンと王妃付き養育係オランプのラブストーリーが主軸となり、2人を中心として革命家や王室側のさまざまな人物が絡む群像劇という構成で、龍真咲が演じたロナンと愛希れいかが演じたアントワネットを対比させたことで軸がぶれてしまった宝塚版より軸がしっかりしている分ずいぶん座りのいいつくりとなった。
私が見た公演は、アントワネット・花總、ロナン・小池徹平、オランプ・神田という配役。
アントワネット役の花總は圧倒的な貫録で、豪華なドレスをとっかえひっかえ着替えて、存在感は華やかそのもの。冒頭の変調の多いロックは花總の声質には似合わなかったが、後半の歌い上げるソロは情感がこもってさすがだった。「レディ・べス」「エリザベート」そしてこれと、いまや王妃女優として右に出る者はいないのではないか。
この作品でのアントワネットは、取り巻きに利用され、自分自身を見失っていたという風に描かれている。実際、そうであっただろうと推測されるが、亡命を勧めるフェルゼンの提言を断り、フランスに残る決心をする場面は、思わず「ベルサイユのばら」を彷彿させた。実際は亡命に失敗しており、それが民衆の怒りに火を注ぐことになる。この事件はフランス人なら誰でも知っていることで、貴族側から描いた「ベルばら」ならまだしも、この作品でその事件をなかったことにするのは感心しない。このくだりはフランス版にはなかったのではないかと推察する。ただ主軸がロナンとオランプなので、それほど気にならないことも確か。アントワネットとロナンとの直接のかかわりはパレロワイヤルの密会シーンだけ。宝塚版と同じなのだが、もっと徹底していて顔を見合わせることも、言葉を交わすわけでもなかった。
ロナンは小池徹平と加藤和樹のダブルキャスト。小池のロナンは、若さのバイタリティーを身体全体から発散、大柄の出演者が多い中かなり小柄に見えるが、力づよい台詞と歌、切れのある動きで大舞台のセンターを十分埋める存在感があった。相手役オランプの神田は、高音までよく伸びるなめらかな歌唱が心地よく、演技も緩急自在で、花總とは違ったオーラと実力で魅せた。
宝塚版で珠城りょうが演じたロベスピエールは古川雄大。今年の「エリザベート」でルドルフが決まっているミュージカル界のホープだ。長い金髪のカツラがよく似合い「街はわれらのもの」のソロパートが聴かせた。凪七瑠海が演じたデムーランは渡辺大輔。彼も「ロミオとジュリエット」や「バイオハザード」で柚希礼音の相手役に決まっている期待株。黒髪の長身が印象的。沙央くらまが演じたダントンは上原理生。宝塚版では三人がソロを一つずつ歌ったが、こちらではすべてのナンバーを3人が分け合って歌う。
美弥るりかが演じたアルトワ伯は吉野圭吾。宝塚版よりさらに権謀術数にたけた黒幕として象徴的に描かれており、吉野も思いきりオーバーに演じているがやや臭すぎた。もう少し自然な方がいい。その点、星条海斗が演じたペイロール伯に扮した岡幸二郎の方が、岡と思えないほど控えめに演じ、かえって凄みをだしていた。
女優陣ではロナンの妹ソレーヌに扮したソニンが、達者な演技とパワフルな歌で強烈なインパクト。デムーランの恋人役リュシルには元雪組の則松亜海が入り、歌にダンスにのびのびとしたところを見せた。
音楽監督や振付など宝塚版と同じスタッフだが、装置は松井るみで宝塚版とは一新。舞台中央の巨大なパネルが上がり下がりして、宮廷や監獄に変わる。帝劇の舞台によくあった豪華な装置だった。音楽は生演奏ではなく珍しくすべてテープ。ロックミュージカルらしい措置だがところどころノイズが入ったりするのは一考の余地あり。
オランプを夢咲ねねが演じたバージョンについては後日報告しよう。
一方「グランドホテル」は1932年のアカデミー作品賞を受賞したアメリカ映画の舞台化で、ベルリンのグランドホテルを舞台に、一夜の泊り客のさまざまな人生模様を描いた群像劇。1989年にブロードウェーで初演。1993年にトミーチューン氏を演出に招いて月組で公演した作品のトム・サザーランドによる新演出バージョンだが、設定も登場人物も音楽(モーリー・イェストン作曲)も同じ。装置とそれにともなう人の出入りが変わったぐらいで中身もほぼ同じだった。ただレッドバージョンとグリーンバージョンがあり、出演者ががらりと変わるのとともに結末も異なるというのが新趣向。月組公演は希望の光が見えるラストになっていたが、どんな結末かは見てのお楽しみにしておこう。
グリーンは、月組公演で涼風真世が演じた会計士クリンゲラインが中川晃教。映画でグレタ・ガルボ、月組では羽根知里が演じた伝説のバレエダンサー、グルシンスカヤに安寿、天海祐希が演じたその秘書ラファエラが樹里、久世星佳が演じたガイゲルン男爵には宮原浩暢、麻乃佳世が演じた若きタイピスト、フレムシェンには昆夏美という配役。
序曲が始まるとともに懐かしい月組公演の舞台が脳裏に甦る。死の宣告を受け、長年勤めていた会社を退職、ホテルにやってきたという設定のクリンゲラインは中川が演じるには、やや若すぎるような気がしたが、歌唱の表現力は相変わらず見事で、人間味あるクリンゲラインを創造した。
グルシンスカヤの安寿は、コートさばきなど立ち居振る舞いからすでに大スターの貫録と品格を漂わせ、ぴんと張った力強い台詞と歌で、周囲の空気を一瞬にして自分のものにした。芝居で観るのは久しぶりだったが、見事なグルシンスカヤだった。秘書のラファエラに扮した樹里は、彼女の明るい個性から言うと少し違う陰のある役だが、それを逆手にとって、意外な役作りで臨み、樹里らしいラファエルだった。
「ロミオとジュリエット」でいえばさしずめ「死」のようなダンサーが湖月。日本公演オリジナルの役だ。オープニングから妖しい雰囲気で登場。劇中ではガイゲルン男爵の宮原と「愛と死のボレロ」を官能的に踊る。「CHICAGO」アメリカカンパニーへの出演以降、自身のようなものが身体全体にあふれ、ますます大きくなった感じの湖月だ。
レッドバージョンはクリンゲラインが成河、グルシンスカヤが草刈民代、ラファエラが土居裕子、ガイゲルン男爵が伊礼彼方、フレムシェンが真野恵里菜という配役。第一次大戦と第二次大戦の間の揺れ動く世情を垣間見せながら展開する、大人のミュージカルだった。
©宝塚歌劇支局プラス4月16日記 薮下哲司
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