礼真琴、史上最低支持率の総理に!星組公演「記憶にございません!」開幕
絶好調の礼真琴を中心とした星組による政界コメディ「記憶にございません!」‐トップ・シークレット-(石田昌也潤色、上演台本、演出)とカルナバル・ファンタジア「Tiara Azur(ティアラ・アジュール)」‐Destino(デスティーノ)-(竹田悠一郎作、演出)が17日、宝塚大劇場で開幕した。
「記憶にございません!」は、ヒットメイカー、三谷幸喜氏が2019年に発表した同名の東宝映画。石田氏がこれをベースに上演台本を書き下ろし、宝塚版のミュージカルに仕立てあげた。開幕前に星組メンバー全員の顔写真入り立候補ポスターが大劇場左右の壁一面に張り出され、いきなり人を食った展開に場内騒然。
舞台は史上最低2・3%の支持率をたたき出した総理大臣、黒田啓介(礼)率いる景星党の無策ぶりに町の人々が不平たらたらの大合唱からスタート。何が不満なのか歌詞が聞き取れないのがちょっぴり惜しいが、かなり無茶苦茶な内閣だったことが分かる。
そんななか、黒田が妻、聡子(舞空瞳)の兄、鰐淵景虎(碧海さりお)の応援演説中に聴衆が投げた石が頭に当たってしまい、記憶を失ってしまう。子供のころのことは覚えているが政治家になってからの事はすべて抜け落ち、妻の顔すら忘れてしまう。前代未聞、現職の総理大臣の記憶喪失に首相秘書官の井坂(暁千星)らはこの事態をトップ・シークレットとして扱い、黒田に無理やり政務を続行させるが……。
映画が公開された2019年当時といえばコロナ禍直前、安倍内閣時代で、森友学園の不正融資事件などが尾を引いていたころ。「記憶にございません」は証人喚問の常套句で、本来は記憶にあるはずなのに「ございません」というところから嘘なのだが、本当に記憶をなくしてしまうという発想が、いかにも三谷氏らしいトリッキーな脚本。舞台も映画そのままに進展。「長期政権は腐敗する」とかなんとか、ついこの間の某株式総会を思わせる自虐ネタや、アメリカがくしゃみをすると風邪をひくといわれる現代日本の政界を揶揄したり、モデルになった政治家の顔が頭をかすめたり、映画よりずっとシビアで、これらを豪快に笑い飛ばす(ところどころ滑るところもある)なかなか骨のあるコメディに仕上がった。礼真琴のの硬軟自在の達者な演技に支えられた公演ともいえるだろう。
映画のポスターには次の9人が掲載されていて、宝塚版の配役は右記の通り。
黒田啓介(総理大臣) 中井貴一 礼 真琴
黒田聡子(総理夫人) 石田ゆり子 舞空 瞳
井坂(首相秘書官) ディーン・フジオカ 暁 千星
鶴丸大悟(官房長官) 草刈正雄 輝月ゆうま
古郡祐(フリーライター) 佐藤浩市 極美慎
番場のぞみ(事務秘書官) 小池栄子 詩ちづる
寿賀さん(官邸料理人) 斉藤由貴 白妙なつ
山西あかね(野党党首) 吉田羊 小桜ほのか
スーザン(アメリカ大統領) 木村佳乃 瑠璃花夏
男役の数が少なく、閣僚メンバーやそれぞれの秘書、SPなどで若手の男役が配されている。首相の息子、黒田龍彦役の稀惺かずと、記憶喪失になった首相を発見する警官、大関平八郎役の大希颯が割と目立つ役で、それぞれ期待のホープが配された。天飛華音は暁の部下で首相の秘書官補、少し大きな役に膨らませてあった。
あと映画で有働有希子が演じたニュースキャスターは水乃ゆり、宮澤エマが演じた通訳を都優奈が演じ、双方ともなかなかユニークで面白かった。
映画にない役としては黒田と高校生時代の同級生、小野田治役のひろ香祐。あの森友学園の元首相のお友達を彷彿させた。サクランボ農家と選挙応援メンバーとして登場するアイドルグループ田原坂46も宝塚オリジナル。政界を牛耳る官房長官、鶴丸に扮した専科の輝月ゆうまの怪演もみもの。
秘書の井坂(暁)と不倫中の聡子を演じる舞空は、愛想をつかしたはずの夫が、突然、正直者に変身、戸惑いを隠さないのだが、徐々に理解していく様子を巧まずして好演。退団公演に華を添えた。
一方、「Tiara―」は、聖乃あすかバウ初主演作「PRINCE of ROSES」でデビュー、星組の天飛華音主演のバウ公演「My Last Joke」をへて大劇場デビュー作となった竹田悠一郎氏の作、演出のダイナミックなダンスショー。礼、暁そして舞空が踊りまくる圧巻のステージとなった。
アルゼンチンのグアレグアイチュで開かれるカルナバルの一日を描いたストーリー仕立てのショー。グアレグアイチュとは聞きなれないが、ブエノスアイレスから北西に230キロのリゾート地で、日本でいえばさしずめ徳島の「阿波踊り」のような名物カルナバルがあるのだそう。
名作「ノバ・ボサ・ノバ」はブラジルのリオ・デ・ジャネイロのカーニバルの4日間を描いたが今回はお隣のアルゼンチン。礼、暁そしてこの公演で退団する舞空の弾けるダンスが見どころ。ブルー一色の衣装による銀橋でのラインアップからはじまるプロローグからカラフルな衣装の配色も鮮やか。
暁が真っ赤な衣装で銀橋に登場、美脚もあらわに羽を背負った男役8人とともにパッショネイトなダンスを披露したあと、本舞台から礼、舞空がせりあがってデュエットダンス、という展開はまさにショーの醍醐味。これに美形の極美の銀橋ソロとくると、星組の充実感が際立った。
宝塚だからできるきわどい政界コメディと宝塚ならではのダイナミックなレビュー、まさに絶好調星組のいまだけにしかできない2本立てだった。
©宝塚歌劇支局プラス8月17日記 薮下哲司