宙組新トップコンビ、芹香斗亜、春乃さくら披露公演「PAGAD」開幕
宙組新トップコンビ、芹香斗亜、春乃さくらの披露公演、ミュージカル・ノワール「PAGAD(パガド)」~世紀の奇術師カリオストロ~(田淵大輔脈本、演出)とショー・スピリット「Sky Fantasy!」(中村一徳作、演出)が29日、宝塚大劇場で開幕した。8月5日にプレお披露目公演「エクスカリバー」を終えて、一か月半余りでの大劇場お披露目公演、酷暑の中の稽古を終えての開幕だが、芹香、春乃を中心にした新体制の宙組は元気はつらつ!「ベルばら」外伝ともいうべきピカレスクロマンと”空”をテーマにした宙組の新しい幕開けを寿ぐダンシングショー、見ごたえたっぷりの二本立てだった。
「PAGAD(パガド)」は、「モンテ・クリスト」や「三銃士」のアレクサンドル・デュマ・ペールがフランス革命前夜にパリで暗躍した奇術師カリオストロ伯爵ことジョセフ・バラスモの愛と復讐を描いたピカレスク小説「ジョゼフ・バラスモ」を、「市民ケーン」「第三の男」などの異才オーソン・ウェルズ主演で映画化した「ブラック・マジック」(1949年、グレゴリー・ラトフ監督)を舞台化したミュージカル。
カリオストロ伯爵といえば、宝塚では雪組公演「ルパン三世」で望海風斗が演じたあの鬼気迫る人物像が記憶に新しい。今回もあの時のアントワネットの首飾り事件がメーン。人の心を操ることができる特別な能力を持って生まれた男の数奇な運命を描いた作品で、いわゆるダークヒーローものだが、舞台面は「ベルばら」同様ロココ調の華やかなコスチュームプレイで宝塚にはぴったり。ただタイトルがいまいち。「パガド」はタロットカードの一枚目、奇術師のカードの事だが、これでは何のことかわからないので、もう少しわかりやすいタイトルをつけてほしかった。
それはさておき新トップ。芹香ジョゼフは、オープニングから舞台中央に豪華な黒いマントを羽織って華々しく登場。手には光る一枚のタロットカード。なかなか凝ったつくりで思わず身を乗りださせる。
物語はその十数年前のマルセイユ、ジョゼフ少年(風翔夕)の母親マリア(小春乃さよ)が、未来を予見したとして魔女裁判にかけられモンターニュ子爵(瑠風輝)に絞首刑にされてしまう場面から始まる。ジョゼフは、モンターニュ子爵への復讐を誓うが、母親譲りの不思議な力を駆使してペテン師まがいの奇術師に成り上がる。ジョゼフ(芹香)の不思議な力が催眠術と見抜いたドクトル・メスマー(英真なおき)は、ジョゼフに研究の協力を依頼するが、ジョゼフはその謝礼を元手にカリオストロ伯爵として生まれ変わり、奇跡のドクターとしてヨーロッパ中からひっぱりだこになる。そんなある日、ジョゼフは宿敵モンターニュ子爵からマリー・アントワンネットに瓜二つの令嬢ロレンツァ(春乃さくら)の治療を依頼される……。
不思議な能力を持った青年が、母親の復讐の最中で出会った王妃とそっくりの運命の女性。復讐を取るか愛を取るかの葛藤のなかで本物の王妃を巻き込んだ首飾りの陰謀が絡んで、物語はドラマチックに展開していく。ストーリーは日本未公開でコアな映画ファンにもほとんど知られていない映画をほぼ踏襲しているが、よくぞ見つけたとプロデューサーをほめたい面白さ。
二番手スターとしてこれまで様々な役を演じてきた芹香にとっても、不思議な能力を持って復讐に燃える男という役は初めてで、しかも芹香ならではのやりがいがある役どころ。催眠療法のくだりなど、下手をするとうすっぺらくなるところをいかにも真実味を帯びて演じられるところが芹香の巧さ。超人的でありながら芹香ならではの人間味のある魅力的な人物になった。
相手役の春乃は華やかで美しく、マリー・アントワネットとロレンツァの二役を巧みに演じ分けた。わっかのドレス姿がよく似合い、幾分緊張気味で歌唱に不安定なところがあったが、押し出しの強さでカバーしていた。
アントワネット付きの近衛隊長で護衛中に出会ったロレンツァに恋をしたジルベールを演じたのは桜木みなと。ジョゼフにとっては恋敵になる青年。ジョゼフは催眠術をかけてロレンツァと結婚するのだが、ロレンツァが本当に愛しているのはジルベールであることがわかる。このあたりの複雑な恋模様がストーリーの深みを増す。直情的な桜木の役作りが効果を上げていて好ましい。
ジョゼフの復讐の相手となるモンターニュの瑠風は、この舞台一番のダークで濃い役どころ。長身からくる存在感も確かで、威厳もありなかなか立派な悪役ぶり。研ぎ澄まされた中にも柔らかみもあり嫌味のないのが何よりだった。歌唱の確かさは言うまでもない。
モンターニュと結託するデュ・バリー夫人役の天彩峰里の存在も忘れてはならない。貴族としての品格を保ったうえでの権謀術数、華やかで芝居心のある演技だった。
鷹翔千空はジョゼフの幼馴染の仲間アントニオ役。ここぞという時に現われては助け舟を出すという役どころだが、元気溌剌を絵にかいたような快演だった。娘役ではもう一人、ジョゼフを慕うロマの娘ゾロイダに扮した山吹ひばりの清楚な美しさにも目を奪われた。
ほかにドクトル・メスマー役の英真の健在ぶりも頼もしかった。
ショー「Sky Fantasy!」は、芹香のトップ披露と宙組25周年を寿いだものになっていて、オープニングは、天空の中から金色に輝く太陽の光の男芹香が華々しく登場、主題歌を歌ううち全員勢ぞろいしてロックテイストの総踊りに発展していく。まばゆいばかりの光の洪水が目を射る、これぞレビュー、宝塚といった感じだ。芹香を中心に春乃、桜木、そして瑠風、鷹翔が3、4番手の位置につき、天彩、山吹がサポートするといった新しいピラミッドが出来上がった宙組新体制のお披露目でもあった。
一転、雨空 雨のロマンスでは瑠風を中心にしたタンゴ、フェスタのシーンでは大路りせ、美星帆奈というフレッシュコンビが「ブルースカイ」を銀橋で歌って踊る場面も。「エクスカリバー」でみごとな歌唱を披露した真白悠希もフェスタの男のソロで美声を聴かせた。この公演をもって月組に組替えになる天彩が歌にダンスに活躍の場が目立ち、宙組での有終の美を飾った。
全編を通してクジャクが羽を広げたように色使いが明るくて華やか、中詰めは芹香を中心に「ジュピター」の総踊りから客席降りで大いに盛り上がった。続く「飛翔 希望の空へ」でも、芹香が平井大の「はじまりの歌」を情感込めて歌い、宙組25周年を祝うなど、芹香トップ披露にふさわしいおめでたムード一杯のレビューだった。
大きな羽根を背負って大階段を下りた芹香は、初日のカーテンコールで「この景色をずっと待っていてくださったファンの皆さんに感謝の言葉しかありません。ほんとうにありがとうございました」と挨拶。ファンの間からは「キキちゃん大好き」などと掛け声が飛び交うなどお祝いムードにあふれた初日風景だった。
©宝塚歌劇支局プラス 薮下哲司