元月組、楓ゆきが小林多喜二の恋人タキ役を好演「マザー」
大学教授から女優に転身した友田尋子が、企画、プロデュース、「蟹工船」などで知られるプロレタリア作家、小林多喜二の母セキの生涯に挑戦した尋の塾公演、朗読劇「マザー」(鎌田圭司脚本、演出)が7月7,8日、芦屋ルナホールで上演され、元月組の娘役スター、楓ゆきと元雪組の実力派、風早優が出演、好演した。
「マザー」は「氷点」の三浦綾子原作による小説「母」の舞台化。友田扮するセキを中心に「読み語り」という朗読劇で実現した。椅子とテーブルのような道具があるだけのシンプルなステージ中央に88歳のセキが登場。13歳で小林家に嫁いできた日の思い出を語り始めるところから舞台は始まる。
秋田の貧しい小作農の子として生まれたセキは4歳のころから家の手伝いをし、小学校もいけないまま、同じ小作農だった小林家に嫁いだ。夫・末松の兄が小樽で成功、一家で小樽に移住、7人の子育てをしながら日々を暮らしていた。叔父の計らいで学資を受け小樽高商から銀行に就職した次男多喜二は、実家の近くにあった小樽築港で働く労働者の過酷な待遇に憤りを感じて、現実を告発する小説を次々に発表、作家として注目されるが、特高警察にもマークされ、壮絶な拷問死を遂げる。親思いの優しい息子の理不尽な死はセキの心に重くのしかかる。
小林多喜二、「蟹工船」というと、どこか重苦しいイメージを想像してしまうが、この舞台は、あくまでセキの目線で、昭和初期の貧しいが心豊かな一家の明るい家庭劇という視点で描いており、社会の矛盾を声高に叫ぶという性格のものではない。それが逆に見る者に深い感動を呼び起こす。ギタリストを含めて出演者9人、朗読だけではなく台本を放して普通にセリフを交わす場面もあり、それが実に自然で見ていて違和感がなかった。全員衣装がが黒一色というのもシンプルかつ想像力をかきたてられるものがあり、舞台に品格をもたらしていた。
作品をプロデュースする傍ら主演のセキを演じた友田は、小児看護学の教授として家庭内暴力から子供と家族の健康と安全を目指して日々活動しているが、もっとわかりやすく伝えることができたらと、演劇という新しい分野に飛び込んだ。その第一回作品がこの「マザー」だ。13歳から88歳まで、セキの生涯を、年齢に応じて演じ分け、主演舞台が初めてとはとても思えなかった。怒りや悲しみを極力抑えた静謐な演技が効果的だった。
もともと宝塚ファンで、コアな演劇通でもある友田は、自身がプロデュースする舞台にはぜひとも元タカラジェンヌをと熱望、多くの候補者の中から元月組の娘役、楓ゆきが多喜二の恋人タミと妹チマ他、弟、三吾役他で元雪組の実力派、風早優が参加した。楓は「桜嵐記」(2021年)の阿野廉子役を最後に退団した95期生。退団後はレオタードのデザイナーなどで活躍している。冒頭、美しいソロがあり、その清楚なたたずまいと透き通った歌声に思わず引き込まれた。タミは、この舞台でのヒロイン格、タカラジェンヌ独特の凛とした美しさが最大限に生かされていた。
弟の三吾はじめ数多くの役で脇を固めた風早は、退団後も数多くの舞台で男役として活躍しているだけにさすがに存在感は抜群。どの役も安定感があった。
そして小林多喜二役を演じた柄谷悟史は、USJのショー「ワンピース」でゾロ役を務める人気者。親思いの優しい青年という、セキの目線から見た多喜二像をストレートに表現、さわやかな印象を残した。社会の弱者に目を向けるようになった原点をさらりと描くだけで、その後の彼の内面までには深く入り込まないところが、かえって見る者の想像をかきたて、理不尽な拷問死へのセキの悲憤が浮き彫りにされた。
出演者9人全員が適材適所でまとまりのあるアンサンブル。脚本、演出の鎌田圭司による「語り」が秀逸で、新涼平によるギター演奏とともに舞台全体を引き締めていた。
なお、この公演は9月17日にも大阪・京橋のクレオ大阪東ホールで上演される。