柚香光の時代劇ミュージカル、花組公演「鴛鴦歌合戦」開幕
柚香光を中心にした花組によるオペレッタ・ジャパネスク「鴛鴦歌合戦」(小柳奈穂子脚本、演出)とネオ・ロマンチック・レビュー「GRAND IMAGE」(岡田敬二作、演出)が7日、宝塚大劇場で開幕した。戦前に製作された奇跡的な和製オペレッタ映画の舞台化とクラシックな香り漂うロマンチックレビュー、昭和にタイムスリップしたようなレトロでノスタルジックな世界に浸れる二本立てだ。
「鴛鴦-」は1939年(昭和14)日活京都で生まれた時代劇オペレッタ。戦前、戦後を通じて娯楽映画の第一線で活躍したマキノ正博(雅弘)監督が、時代劇の大スター、片岡千恵蔵のためにたった一週間で撮りあげたという伝説的作品。1939年といえば日中戦争が泥沼化、きな臭い世情だったが、映画界はトーキー以後の黄金時代を迎えていてハリウッドはじめ欧米のミュージカルが続々と公開されていた。そんななかでドイツからも「会議は踊る」(大浦みずき主演で宝塚でも舞台化された)などのオペレッタが数多く上陸。「鴛鴦―」はそんな欧米の音楽映画に刺激されて誕生した時代劇オペレッタ。「シェルブールの雨傘」のようにセリフが歌になっていてそれがなんともキッチュで楽しい。「七人の侍」「生きる」など黒澤明監督作品の常連で名優の志村喬がリズミカルに歌うという貴重な場面もあり、YOUTUBEで全編みられるので未見の方は是非ご覧いただきたい。
さて「うたかたの恋」に続いて花組連投となった小柳氏の「幕末太陽伝」「今夜ロマンス劇場で」に続く日本映画発掘シリーズ第3弾、宝塚版「鴛鴦-」は、長屋住まいの貧乏浪人と隣家の娘との恋のさや当てに骨董好きの若殿様を巻き込んでのひと騒動というオリジナルをそのまま生かしつつ藩のお家騒動を新たに付け加え、冒頭から宝塚らしく華やかに展開、テンポも快調。オリジナルの歌詞をそのまま使った音楽は、最近の歌いあげるミュージカルとは一味違ったレトロさだがそれが逆に新鮮で予想以上に楽しめる娯楽作に仕上がった。
幕開きはチョンパーで始まり、出演者全員が色とりどりの番傘をもって登場。星風まどか扮するヒロインのお春が傘屋という設定ということからの発想だが、宝塚ならではの華やかなオープニング。柚香はじめ主要人物が扮装でパレード、一段落したところで、瓦版屋の二人組(一之瀬航季、侑輝大弥)が登場。3年ぶりにお祭りがあることをふれていると、そこへ町一番のマドンナ、おとみ(星空美咲)が取り巻きたちと現れ、軽快なナンバーがはじまる。音楽、歌詞ともオリジナルの映画そのままだが、いま生で聞いても全く古さを感じさせないのに驚くとともに懐かしさと新鮮さが入り混じった不思議な感覚。それはこのあともずっと続いた。柚香が扮する礼三郎は、貧乏浪人ながら長屋きっての人気者という設定なので歌う歌もそれなりの格好をつけているが、永久輝せあが歌う「僕は若い殿様」や和海しょうの「さあて、さてさて、この茶碗」などはコミックソングそのもので、思わずほおが緩む。
もてもての二枚目の主人公と隣家の娘の恋の結末は、見る前から予想がつくほどのお定まりの大団円なのだが、ちゃんとした落としどころがあって、オリジナルの映画をちょっとひねって、思わずほろりとさせるところは小柳マジックの最たるところ。装置の背景画が中途半端でやや違和感があったが、歌舞伎でもなく「元禄バロックロック」のようなSFでもないとなれば、こんな感じなのか。
人のいい貧乏浪人、浅井礼三郎を演じた柚香は、出ずっぱりという感じではないが、星風の突っ込みをどんと受ける懐の深さのようなものをうまく醸しだしていて男役としての充実感を漂わせた。途中、久々の客席からの登場があって、客席がざわついたが、ようやく公演が普通に戻ったことも実感させた。
実質的に物語を動かすヒロイン、お春役の星風は、礼三郎が好きなのだがなかなか口に出せず、何人もライバルがあらわれるたびにやきもきする女心を、柚香ファンを代弁するかのように感情豊かに表現、星風ならではの好演だった。
骨董集めにうつつを抜かす若殿、丹波守に扮した永久輝は、なかなかの三枚目ぶりで笑わせてくれたが、小柳脚色はなぜ彼がこうなったかというところまで踏み込んで、役に肉付けし、永久輝もそれに応じて好演、一転しんみりさせたのも効果的だった。
映画にはない宝塚オリジナルが聖乃あすかが演じた丹波守の弟、秀千代。単に役を増やしただけのような気がしないでもないが、礼三郎の許嫁の藤尾(美羽愛)にぞっこんという役で柚香にもからむ。苦労知らずの次男坊という坊ちゃんぶりが似合っていた。
映画で志村喬が演じたお春の父、骨董集めが趣味の狂斎に扮したのはこの公演が退団公演となった和海しょう。歌唱力で定評のある人だったが、退団公演で大役に恵まれた。娘思いだが骨董には目のない好々爺を巧みに演じて有終の美を飾った。
お春の恋のライバルは勝気で強引なおとみの星空、しとやかだが実は芯の強い藤尾の美羽の二人。いずれも適役好演で星風のお春をやきもきさせるに十分だった。
ほかに航琉ひびきの骨董屋六兵衛のちゃっかりぶり、希波らいと休演で天城れいんが演じたおとみ付きの丁稚、三吉の純真さが印象的。星組から花組に帰ってきた綺城ひか理が礼三郎の伯父で藤尾の父親役、帆純まひろが丹波守(永久輝)の幻想に登場する平敦盛と骨董屋の店員の二役というのは役どころにやや違和感があったが、いずれも好演だった。
休憩後の「GRAND MIRAGE!」は岡田氏のロマンチックレビュー22作目。オープニングから紫陽花をモチーフにしたパステルカラーで統一され優雅そのもの。一気にロマンチックレビューの世界に引き込んだ。
永久輝、聖乃、帆純、一之瀬がそのまま残って間奏曲「果てしなきMIRAGE」を銀橋で歌い継いだ後の第2章「遙かなるMIRAGE」は柚香が軍服姿で砂漠をさまよううちにオアシスの乙女、星風に出会うという幻想的なシーンへと展開。柚香、星風のダンスデュエットが早くも登場、このあとも何度も二人のデュエットがあり、二人のダンスパワーを堪能できる。
選曲も「ストレンジャー・イン・パラダイス」や続くカンツオーネメドレーでも「アル・ディラ」や「チャオチャオバンビーナ」など懐かしい曲が連続。続く「シボネー・コンチェルト」は剣幸時代の月組公演「ラ・ノスタルジー」の一場面の再現だが、柚香を中心に白とブルーの衣装がさわやかで、男役と娘役が一瞬で交代する場面の鮮やかさとともに特に印象的。謝珠栄振付の「夜の街の幻影」とロケットに続く、第7章「ボレロ・ルージュ」は、先日亡くなった羽山紀代美振付の名場面の再現で柚香×星風、永久輝×星空、聖乃×美羽の三組のコンビによる真紅のボレロが圧巻。
続いて、この公演で退団する和海、春妃うららを中心とした間奏曲「ジュテーム」があってフィナーレへ。永久輝が歌うミュージカル「キス・ミー・ケイト」の名曲「ソー・イン・ラブ」に乗って柚香と星風がデュエット、まさに極めつけの締めくくり。パレードは朝葉ことのがエトワール、透き通った歌声で魅了したあとパレードにつないだ。専科に異動した水美舞斗に代わって永久輝が初めて二番手羽を背負い、笑顔で大階段を下りたのが印象的。初日あいさつでは柚香に芝居でセリフを噛んだことを指摘され、照れていたのもほほえましかった。
芝居、ショーともノスタルジックでまるで昭和にタイムスリップしたかのような二本立てだったが、柚香、星風コンビの充実感がよくあらわれ、内容的にも宝塚の振り幅の広さに改めて感じ入った公演だった。
©宝塚歌劇支局プラス7月7日記 薮下哲司