礼真琴、念願のロナンを熱演!星組公演「1789」開幕
礼真琴を中心とする星組公演、スペクタクル・ミュージカル「1789」~バスティーユの恋人たち~(小池修一郎潤色、演出)が、6月2日開幕した。複数の出演者がコロナ感染のため体調不良となり、一時は開幕が危ぶまれたが初日は全員復帰、何とか時間をずらして幕を開けることができた。しかし無理がたたったのか翌3日から8日まで急きょ中止が発表された。先行きは不透明だが、初日の舞台は熱気のこもった素晴らしい舞台だった。
「1789」は、2012年パリで初演されたドーヴ・アチアとアルベール・コーエンのコンビによるフレンチ・ミュージカル。2015年4月、龍真咲、愛希れいかコンビによる月組で日本初演、翌年には東宝版が上演され、2018年にも再演されたヒット作。宝塚での上演は月組初演以来8年ぶり。待望の宝塚凱旋公演となった。
「1789」とは、宝塚を代表するヒット作「ベルサイユのばら」のクライマックスにも登場する軍隊と市民が銃火をまじえたバスティーユの戦いが勃発した年号。同年7月14日、フランス革命の火蓋となったこの戦いの背景を、貧農の青年ロナンの視点から描いた作品で、市民の時代の夜明けを滅び行く王政への惜別と重ね合わせて描いた「ベルサイユのばら」に対する合わせ鏡のような作品。
「ロックオペラモーツァルト」などで宝塚ではすっかりおなじみとなったドーヴ・アチアとアルベール・コーエンのコンビによるオリジナルは、歌とダンスだけで展開するミュージカル。これを小池氏がドラマチックに再構成、全く新たな宝塚バージョンに作り替えて評判となったが、今回の星組公演は、礼扮する主人公ロナンと舞空瞳扮するオランプの身分違いの恋を軸に革命派、王党派など様々な人物を交錯させた群像劇に仕立て上げ、自由、平等、愛をテーマに革命前の混沌とした時代を鮮やかに浮き上がらせた。月組初演や東宝版に比べても大幅に進化した作品となった。
初演のプロローグは1789年7月14日、バスティーユ牢獄にロナンが突撃する場面から始まったが、今回はこれをカット、1988年夏、フランスの片田舎、ロナン(礼)をかばった父(夕渚りょう)が、ペイロール伯爵(輝月ゆうま)に射殺される場面から始まる。
ロナンは、父親の仇を討つためにパリに出奔、街頭演説していた革命家デムーラン(暁千星)ロベスピエール(極美慎)らと出会い、彼らに異を唱えたロナンにデムーランが印刷所へ案内、彼らの活動を説明するという展開。初演とは冒頭からずいぶん違う展開だ。
一方、ベルサイユ宮殿では、マリー・アントワネット(有沙瞳)が、ポリニャック夫人(白妙なつ)らとともにギャンブルに興じている。ルーレットの芯がアントワネットで、ルーレット全体が巨大なスカートになっていて回るスカートがはけると中から真っ赤なドレス姿のアントワネットが登場するというゴージャスな場面は初演のまま。有沙は舞台正面で新たなトリコロールカラーの衣装に早変わりする。
アントワネットとフェルゼン(天飛華音)の仲は半ば公然で、ルイ16世(ひろ香祐)の弟アルトワ(瀬央ゆりあ)は、密会現場を押さえて、兄を失脚させ、自分が王位に就こうと策謀を巡らせている。足の不自由な王太子(美玲ひな)の世話をするオランプ(舞空瞳)は、そんな王妃を憂いながらも、フェルゼンとの連絡係も引き受け、ある日、王妃とフェルゼンのパレ・ロワイヤルでの密会に同行したとき、印刷所を出て、ここで野宿していたロナンと運命的な出会いを果たす。このあたりは初演のまま。
三部会閉鎖から民衆の不満が爆発するバスティーユの戦いまでの混沌としたフランスを、革命家ではない農民の青年ロナンと王妃の養育係オランプの恋を縦糸にさまざまな立場の人物を配して描き、フランス革命の全体像を浮かびあがらせていく。
月組初演時はトップスターだった龍真咲がロナンに対し娘役トップだった愛希れいかがマリー・アントワネットを演じたことから、ロナンとオランプの身分違いに恋が軸にならず、やや焦点がぼけた感じがあったが、今回はトップコンビがロナンとオランプを演じたことでストーリーに一本芯が通った。礼ロナンのための新曲「愛し合う自由」など月組公演にはなかった曲が数曲あり、ミュージカル的に大きく盛り上がったことも成功の要因だ。
礼ロナンは、自らアチア氏に「ロナンをやらせてください」と直訴したほどの念願の役とあって、父の復讐のために立ち上がった一介の農民の青年が、自由と愛という大義のために身を挺して闘う姿を生き生きと体現、持ち前の歌唱力と身のこなしの軽さを最大限に生かして礼自身の集大成ともいえる役に昇華した。新曲「愛し合う自由」や「二度と消せない」「サ・イラ・モナムール」と名曲ぞろいだが、舞空オランプとの銀橋のデュエット「この愛の先に」が情感のこもった好唱が特に印象的だった。
オランプに扮した舞空も、王太子の養育係としての知的で凛とした強さをもちながらロナンとの愛に揺れる弱さも巧みに表現、切ない心情を歌う「許されない愛」を繊細に歌いこんだ。ロナンだけでなく瀬央ふんするアルトワや碧海さりお扮するその部下ラマールをも魅了する華やかな美しさも十分納得できた。
オランプを力で支配しようとするほか、王位まで狙うこの舞台一番のヒール役、ルイ16世の弟アルトワを演じた瀬央は、どこから見ても文句がつけようのない徹底的な悪役ぶり。初演は美弥るりかが演じ、妖しい雰囲気をたたえた役作りだったが、瀬央アルトワは計算高く、頭が切れる、非情な人物像。「私は神だ」と歌う瀬央に鬼気迫るものを感じた。この公演をもって星組から専科に異動になる事が発表されているが、それにふさわしい見事な演技だった。
革命家のメンバーは、デムーランの暁、ロベスピエールの極美、ダントンの天華えまがトリオとなった。暁は初演ではフェルゼンに扮して出演していて二度目の出演。デムーラン、ロベスピエールともに「革命の兄弟」や「武器を取れ」と初演より曲も増え、役が格段に大きくなった形。二幕冒頭の球戯場の地鳴りのようなダンス「誰に踊らされているのか」の迫力は今回も見事だった。暁、極美ともに歌唱力の充実が著しく、暁のダンスの切れ味はさらに増し、極美の立ち姿の美しさにも磨きがかかってきた。天華のダントンはロナンの妹ソレーヌ(小桜ほのか)と恋仲という設定で印象付けた。
初演で愛希が演じたアントワネットの有沙は、この公演で退団することが発表されている。演技巧者で雪組時代から大役が続いた有沙の退団は寂しいが、彼女にふさわしい華やかな役で有終の美を飾れたことを嬉しく思いたい。
ほかにアントワネットの恋人フェルゼンの天飛。ロナンの天敵ペイロールの輝月。ロナンの妹ソレーヌの小桜といったところがメインキャスト。天飛が若く凛々しいフェルゼンを体現、専科の輝月は、月組時代、新人公演で演じたペイロールを、輝月ならではの強烈な存在感でいかにも憎々し気に演じた。ソレーヌの小桜も印象的な役どころでソロの大曲を持ち前の歌唱力で歌いこなした。ほかにパレ・ロワイヤルに住む少女シャルロット役が大きく膨らんでいて、この役を演じた瑠璃花夏が生き生きと演じていて魅力的だった。
星組アンサンブルの一体感もよく、非常にレベルの高い公演なので、沈静化したと思われたコロナ禍が再び襲い、休演を余儀なくされたのは本当に悔しい。前評判も高く、チケットも完売していただけに、一刻も早い再開が望まれる。
©宝塚歌劇支局プラス6月3日記 薮下哲司