宙組新トップスター、朝夏まなとのお披露目公演、グランド・ロマンス「王家に捧ぐ歌」―オペラ「アイーダ」より―(木村信司脚本、演出)が5日、宝塚大劇場で開幕した。初演以来12年ぶりの再演となったこの公演の模様を報告しよう。
「王家―」の2003年の星組初演は、新専科から星組トップに就任した湖月わたるのトップ披露公演だった。湖月はもちろんラダメス役、二番手の安蘭けいがアイーダ、湖月と同じく新専科から星組娘役トップに迎えられた檀れいがアムネリスという配役。オペラをリメークした作品を連発していた木村氏がヴェルディのオペラ「アイーダ」の設定を借りて、2001年の9・11を契機に始まったイラク戦争を隠れテーマにした渾身の作で、エジプトをアメリカ、エチオピアをイラクに置き換えるとわかりやすい構造の作品。「戦いは新たな戦いを生む」というアピールと共に平和を祈念するテーマ性をもった意欲作だが、宝塚的には三人の拮抗した関係が内容とリンクして木村氏が考えた以上の濃密な作品に仕上がり、初日の大劇場は満員の客席が当時は珍しかった総立ちのスタンディングになったことを覚えている。同年の芸術祭で優秀賞を受賞、同じ題材のディズニー・ミュージカル「アイーダ」の劇団四季による公演がまだ始まっていない時で「アイーダ」ブームの先鞭を切った作品にもなった。
100周年に「ベルばら」「風と共に去りぬ」「エリザベート」と宝塚史上の三大ヒット作を使い果たしたあと、101年の再演の目玉として「王家―」が選ばれたのはまずは自然ななりゆきだろう。時あたかも安保法案や憲法改正にゆれるいま、戦争と平和をテーマにしたこの作品の上演には意義があるかもしれない。ただ、力作ではあるがラダメス以外の男役に真風涼帆演じるアイーダの兄ウヴァルドぐらいしか役がないのが宝塚の作品としては大きな欠陥だが、宙組の団結力でパワフルな舞台仕上がった。
作品的には、初演の時にも思ったのだが、ラダメスがアイーダを見初める場面がないことがやはりドラマの基本として弱い。それがあるのとないのとでは展開が全然違ったと思う。その辺はさすがディズニー版がうまかった。一方、先日亡くなった世界的バレリーナ、マイヤ・プリセツカヤの振付だった勝利の凱旋の場面が一新され、そこだけ特別感があった初演と違って、作品に自然になじむような場面になっていたのはよかった。
さて、新トップ、朝夏のラダメスは、なんといってもはつらつとした若々しさが魅力的。独特のクセがなくなり非常に素直な歌と演技、そして大きな動きで情熱的な若き将軍という雰囲気を身体全体で的確に表現した。湖月ラダメスとはまた違った新たなラダメス像を生み出したようだ。
アイーダの実咲は、芯のある歌声とともにエチオピアの王女としてラダメスと対等に接する存在感などをきっちりと表現していてなかなかの力演。初演が男役だった安蘭だっただけに、舞台姿が小さくみえたのは仕方がないが、それをはねのけるパワーが感じられた。
アムネリスの怜美は、エジプトの王女としての華やかな存在感が素晴らしく、初演の檀にひけをとらないゴージャスな美しさで圧倒された。台詞にも威圧感があり、歌も思ったよりずっとよかった。ただ、彼女にあったアルトの部分は安心して聴いていられたが、高音部になると流れてしまうのがどうしても弱い。
ウヴァルドの真風は、ついこの間まで星組におり、稽古途中からの参加ということで、今回は二番手とはいえ軽めの役だったが、非常に印象的な役でおおいに得をした。濃いめのメークが精悍さを際立たせていた。フィナーレのショーでは金髪のショートカットでイメチェン、朝夏とのデュエットもあるなど大活躍、新生宙組の大きな戦力であることを再確認させた。
愛月ひかる、桜木みなとがエジプト側、澄輝さやと、蒼羽りくがエチオピア側の兵士役。いずれも役はあるがほぼアンサンブルに近い役で、これといった見せ場もなく、若手男役陣にはやや持て余し気味の公演だが、その分フィナーレではいずれもはつらつと歌い踊っていたのが印象的。フィナーレは、劇中の歌のリフレインで朝夏、実咲の息の合ったデュエットダンスがみものだった。パレードのエトワールは純矢ちとせが美声を聴かせた。
©宝塚歌劇支局プラス6月7日記 薮下哲司