©️宝塚歌劇団
“真風ボンド”颯爽登場!宙組公演「カジノロワイヤル」開幕
宙組のトップコンビ真風涼帆、潤花のサヨナラ公演、アクション・ロマネスク「カジノロワイヤル~我が名はボンド~」(小池修一郎脚本、演出)が3月11日、宝塚大劇所で開幕した。イアン・フレミングによる007シリーズ第一作となる同名原作初の舞台化で、真風が007ジェームズ・ボンドに挑戦、クールでかっこいい宝塚ならではの新たなボンドを創り上げた。
原作は1953年に出版され、米ソ冷戦時代を背景に、殺しのライセンス007を持つイギリス「MI6」の情報員ボンドがソ連のスパイ、ル・シッフルとのカジノでの大勝負をクライマックスに展開するアクションロマン。
これまで2度映画化されているが、いずれも原作をかなり脚色したものになっていて、今回の宝塚版もボンドとル・シッフルの対決という大筋だけを頂いて時代を「5月革命」直後の1968年フランスに設定、登場人物も原作にないキャラクターを多数登場させるなどほぼオリジナルといっていい内容。
ショーン・コネリーの野性的なイメージが強いジェームズ・ボンド像も、真風に合わせてクールでソリッドなジェントルマン風に解釈し、歌って踊るゴージャスなボンドにショーアップされた。シリーズのファンおなじみジョンバリー作曲の「007のテーマ」はさすがに宝塚版では聞けないのが残念だが、スーツで決めた真風ボンドがワルサーPPK片手にかっこよく登場、同じスーツ姿のボンドの影たちと繰り広げるプロローグの群舞は映画版をかなり意識したスタイリッシュな演出。小池氏の初期のショー「美しき野獣」の一場面を想起させるワクワクする幕開け。
ストーリー的には、原作の真風ボンドと芹香斗亜扮するル・シッフルとのバカラ対決は一幕の山場にして、二幕はロマノフ家の巨額の財産を相続した潤花扮する大学生デルフィーヌをめぐって真風ボンドと芹香ル・シッフルが直接対決するというまったくのオリジナル。何やら「オーシャンズ11」「スカーレット・ピンパーネル」宝塚版「ルパン3世」を足して割ったみたいなどこかでみたお話。1968年という時代設定にしたことで、ややひっかかる甘い部分があるものの、もともと007シリーズ自体が、突っ込みどころ満載、奇想天外な展開で、どんな危機に陥ってもボンドは不死身というルールがあり、なんでもありの世界観なので、それをうまく活用、ラストはきっちり真風と潤花の退団にふさわしいサヨナラ公演の定番で一件落着するところはさすが小池氏の手練れの技。作り手も演者も楽しみながら余裕で作り上げたお遊び感覚満点の上質のエンタテイメントに仕上がった。真風、潤花、芹香のトライアングルも実に息があっていて、真風×潤花コンビ退団のいいはなむけになったと思う。
真風ボンドは、プロローグでのカッコよさをそのまま本編でも引き継ぎ、クールでスタイリッシュ、やっと真風らしい男役冥利に尽きる役に出会えたのではないだろうか。作曲家には申し訳ないが、これで主題歌がもう少しパンチのあるメロディアスな曲想ならいうことなしだったのだが。007ボンドが歌うにしては少々ロマンティックすぎるような気がした。とはいえこんな宝塚風ボンドもありなのかも。
ロマノフ家の財産を相続することになった女子大生で過激派のシンパ、デルフィーヌに扮した潤花は、オープニングの学生デモでヒッピーのような姿で登場したときは一瞬、誰かと思ったが、その後は終始、68年当時大流行していたミニのワンピースで登場、コケティッシュな魅力を全開させた。戴冠式の豪華なドレスを脱ぎ捨ててティアラを外してミニワンピースに変身するシーンでは思わず笑いが起きるコメディエンヌぶりも発揮していた。早すぎる退団は本当に惜しい。
一方、芹香のル・シッフルの悪党ぶりの迫力、貫禄いうことなし。ソ連のスパイではあるものの、その立場を利用してロマノフ家の財産を乗っ取り、世界制覇を狙うという巨悪ぶりをものの見事に体現、クライマックスの真風との迫力ある対決シーンに持ち込んだ。フィナーレの歌やダンスも存在感たっぷりで、今後の活躍がさらに楽しみだ。
デルフィーヌの恋人で学生運動家のミシェルに扮した桜木みなとのコミカルな演技、ル・シッフルの元愛人でミシェルを誘惑する歌手アナベルに扮した天彩峰里が見せた迫力満点、インパクト抜群の強烈な鞭打ち、天彩が演じると少しも下品でないところが救い。
ボンドに協力するフランス情報局のルネに扮した瑠風輝、CIAのフェリックス・ライターに扮した紫藤りゅうの二人にも見せ場があり、どちらも役に似合った雰囲気をうまくかもしていた。
ロマノフ家のゲオルギー大公の寿つかさ、コメディリリーフ的な役どころだが退団公演にふさわしい貫禄で見せ切り、客席を笑いで包んだ。その長男グレゴリーが風色日向、次男アナトリーが亜音有星。デルフィーヌの妹イリーナが水音志保、ニーナが山吹ひばりと有望若手にも面白い目立つ役が。次期トップ娘役に決まった春乃さくらは瑠風扮するルネの婚約者だがボンドの妻という設定でカジノに乗り込むヴェスパーというおいしい役どころ。押し出しのある凛としたたたずまいが印象的だった。もう一人強烈な印象を残したのがスパイの訓練隊長ジャン役に扮した優希しおんの卓越したダンス。かねてからうまいとは聞いていたが驚異的な身体能力だった。
フィナーレは芹香のソロから始まって、ラインダンス、真風と娘役との群舞、そのまま真風が残って芹香はじめ男役とのハードボイルドなナンバー、続いて芹香を中心にした男役群舞があって純白の衣装に着替えた真風と潤花の華麗なデュエットダンスへ。真風が一人残って満天の星空の下ソロのダンスという展開。本編では退団公演であることをしばし忘れる明るさだったが、ここへきて退団公演であることを実感、なんとも感慨深くからっとした心地よいサヨナラ公演だった。
©宝塚歌劇支局プラス3月11日記 薮下哲司