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鳳月杏、余裕の二役「エルピディイオ」大阪公演開幕
月組のスペシャルな二番手スター、鳳月杏が主演したミュージカル・ロマンティコ「ELPIDIO(エルピディイオ)」~希望という名の男~(謝珠栄作、演出、振付)大阪公演が3日、梅田芸術劇場シアター・ドラマシティで開幕した。
20世紀初頭、中南米やアフリカなど各地の植民地が次々に独立、隆盛を極めたスペイン帝国が終焉を迎えた頃のマドリードを舞台に、過去を秘めた謎の青年が、ふとしたことから軍人である侯爵の身代わりになったことで本来の生きる意味を取り戻すまでを描いたミュージカル。作者の謝氏がロシアのウクライナ侵攻に触発されて書き下ろしたというコミカルな中にシリアスな要素を持った作品だ。
ダンサーであり振付家でもある謝氏らしく、プロローグは黒衣の弱者たちがダイナミックに踊るダンスシーン。ここに鳳月扮するロレンシオだけが白い衣装で登場、情念がほとばしるようなダンスで加わる。息詰まるようなプロローグが終わると舞台はロレンシオが弾き語りの歌手として働いているマドリードの居酒屋に転換、ストーリーが動き始める。
居酒屋の主人夫婦(白雪さち花。千海華蘭)はじめ主要な登場人物がそろい、居酒屋に集う若者たち、ミゲル(佳城葵)ブルーノ(英かおと)フランシスコ(彩音星凪)そしてロレンシオを兄と慕うセシリオ(彩海せら)らがかわす会話に力がこもる。この時代のスペインを説明、謝氏の意図が凝縮されている場面だが、ここまでストレートでなくてもとは思う。
さてストーリーは、鳳月扮するロレンシオが、何者かに襲われ重傷を負った軍の大佐アルバレス侯爵と瓜二つだったことから影武者に雇われるあたりから動き出す。ロレンシオは断ろうとするのだが偽の身分証を所持していたことから脅され、ELPIDIOというペンネームで新聞社に投稿していた連載を続けることを条件に引き受けることにする。ロレンシオは軍人としての立ち居振る舞いや話し方など驚くほど巧妙に侯爵になりすますが、突然、旅から帰って来た侯爵の妻パトリシア(彩みちる)には一目で替え玉であることを見破られてしまう。
鳳月が、侯爵になりすますために特訓するくだりが、鳳月自身楽しんで演じていてコミカルな場面になっているが、眼目はロレンシオという男の謎の部分、後半は、ロレンシオはいったい何者なのか、パトリシアとの関係は?といった興味で引っ張っていく。
これに当時のスペインの無謀な植民地政策や女性の地位向上の機運などを絡ませ、現在の世界情勢とも重ねあわせようというシリアスな展開。謝氏らしい硬派な題材に、黒衣の弱者による群舞シーンをちりばめた意欲作だ。
鳳月は、謎を秘めた青年ロレンシオを、格好を付けずに自然体で演じ、それが逆に彩海が演じるセシリオが兄貴と慕うにふさわしい魅力的な男性像を生み出している。替え玉として演じる侯爵は遊びのようなものだが、後半でその侯爵がロレンシオの過去に重要なかかわりを持ってくるあたりの作劇が面白い。
侯爵の妻パトリシアを演じた彩は、貴族出身で知性があり品性豊かな雰囲気を鮮やかに表現、持ち前の歌唱力も見事で、鳳月の相手役として十分すぎる存在感を示していた。
ロレンシオを慕う弟分のセシリオに扮した彩海もさわやかな個性を存分に発揮、月組のホープとしての立ち位置にふさわしい役回りを好演した。ベニータ役のきよら羽龍との「グレート・ギャツビー」新人公演コンビ再現もみものだったがからみがあまりなかったのが惜しかった。
ほかに侯爵の執事ゴメス役で専科から参加した輝月ゆうまが相変わらず達者な演技で舞台を盛り上げていたのが印象的だった。
©宝塚歌劇支局プラス12月3日記 薮下哲司