星組新人公演プログラムより抜粋転載
©宝塚歌劇団
天飛華音×藍羽ひよりフレッシュコンビ好演「ディミトリ」新人公演
礼真琴を中心とする星組による浪漫楽劇「ディミトリ~曙光に散る、紫の花」(生田大和脚本、演出)新人公演(熊倉飛鳥担当)が29日、宝塚大劇場で行われた。主演のディミトリには3度目の新人公演主演となった星組のホープ、天飛華音、相手役のヒロイン、ルスダンには入団2年目(107期)の藍羽(あいは)ひよりが大抜擢、フレッシュコンビによる舞台は新鮮な風が吹き込んだ。先月末からの思いがけない入院生活で、本公演未見のままいきなり新人公演から観劇となってしまったが新人公演メンバーの力演は本公演を偲ばせて十分だった。
「ディミトリ」は、ヨーロッパの東の果て13世紀前半のジョージアを舞台にした壮大なスケールによるコスチュームプレイ。ソ連時代はロシア語の「グルジア」という表記で知られていたが、ソ連解体後独立、2008年のロシアによる軍事侵攻の末、ロシアと断交、2015年に「ジョージア」という表記に改めるよう要請があった。アメリカのジョージア州とは関係がないがつづりは同じ、首都のトビリシと州都アトランタは姉妹都市である。古くはローマ帝国やモンゴル、さらにはロシア帝国からソ連と、大国に翻弄されながらも独自の文化を貫いてきた。ウクライナと重なるところもあり、ジョージアを知ることでウクライナの人々の固い決意も知ることにもなろう。主人公たちがモンゴルはじめ他国の侵攻によって流転の人生を展開していくこの舞台は、並木陽の原作をベースにジョージアンダンスという格好の見せ場を生み出しながら、現代を映し出したまさにタイムリーな企画といっていいのかもしれない。
原作タイトルが「斜陽の国のルスダン」とあるように、王女ルスダンが主人公だが、生田脚本はルスダンの幼馴染で他国から人質としてジョージアに送られてきた王子ディミトリを中心に展開。ルスダンの兄の遺言で、ディミトリは女王となったルスダンの夫として迎えられるが、異国人であることから官僚たちからやっかみの声があがるなど決して順風ではなく、外敵モンゴルのチンギス・ハンの侵攻に合うなど、国は存亡の危機に直面していく。ディミトリとルスダンの二人に起こる想定外のドラマチックな展開に目が離せない。
新人公演はディミトリ(礼真琴)が天飛。三度目の新人公演主演とあって、この難しい役を余裕で演じ切り、堂々たる風格さえ感じさせた。特に後半の愛する妻と子供、そして第二の故郷トビリシを守るために、命の恩人を裏切る決意をくだすあたりの腹芸の力強さはなかなかのものだった。
ルスダン(舞空瞳)に抜擢された藍羽はまさにこの日がスター誕生の一瞬に立ち会ったといっていい至福の時間だった。本公演ではディミトリとルスダンの娘であるタマラ王女に起用されて好演しているが、新人公演では大役ルスダンに抜擢され、世間知らずの初々しいプリンセスが立派な女王として成長していくさま巧みに表現、凛とした美貌もさることながら王女としての品格もきっちり表現しているところが入団2年目とは思えない見事なものだった。大型娘役の登場として記憶に残るだろう。
ディミトリの命の恩人、ホラズムの帝王ジャラルッディーン(瀬央ゆりあ)は大希颯。後半からの出番だが、その威風堂々たる立ち居振る舞いが役柄にぴったり合っていて、豪華な衣装とともにその存在感で圧倒した。
一方、ジョージア国の副宰相アヴァク(暁千星)は稀惺かずとが配された。腹に一物ある複雑な裏芸が必要とされる難役だが、稀惺はひげを蓄えてストレートに演じ、それはそれで非常にわかりやすかったが、セリフの裏にある深みにまではやや届いていないもどかしさがあった。そのあたりを工夫すればラストのルスダンに対する忠誠のセリフがさらに生きるはずだ。
舞台全体の進行役として大きな役目を果たす物乞い(美稀千種)には鳳真斗愛が起用され、その明快なセリフで見るものを舞台の世界に誘った。その功績は大だ。あと前半しか見せ場はないがルスダンの兄でジョージア国王ギオルギ(綺城ひか理)の碧音斗和、後半のカギを握る白人奴隷ミヘイル(極美慎)の奏碧タケルがワンポイントながら印象に残る存在感で見せてくれた。
本公演で藍羽が演じたタマラ王女は美玲ひなが初々しく演じたが、水乃ゆりのタマラ女王、瑠璃花夏のバテシバ、詩ちづるの女官長と星組が誇る若手娘役陣の活躍場所が少なかったのがややもったいなく思われた。
©宝塚歌劇支局プラス11月29日 薮下哲司記