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甦った柴田氏の幻の名作、柚香光主演、花組全国ツアー公演「フィレンツェに燃える」開幕

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©宝塚歌劇団

 

甦った柴田氏の幻の名作、柚香光主演、花組全国ツアー公演「フィレンツェに燃える」開幕

 

柴田侑宏氏の数ある作品中、代表作の一つといわれながら再演の機会がなかったミュージカル・ロマンス「フィレンツェに燃える」(大野拓史演出)とショーグルーヴ「Fashionable Empire」(稲葉太地作、演出)が、柚香光を中心とした花組選抜メンバー出演による全国ツアー公演として14日、梅田芸術劇場メインホールで開幕した。47年ぶりの再演となった「フィレンツェ‐」は、柚香、水美舞斗らの熱演で見ごたえ十分の舞台に仕上がり、若き日の柴田氏の創作熱を今に蘇らせた。

 

「フィレンツェ‐」は1975年2月、稀代のショースターだった真帆志ぶきの退団公演のショー「ザ・スター!」(鴨川清作作、演出)の前物として汀夏子、順みつきらによる雪組で上演された作品。ドストエフスキー原作「白痴」をモチーフに、国家統一運動に揺れる19世紀後半のフィレンツェの貴族社会を背景に対照的な兄弟の愛憎を描く。その年の4月に東上、芸術選奨新人賞を受賞した。以来、一度も再演されたことがなく幻の名作といわれてきた。生前、柴田氏に「再演はありませんか」と伺ったところ「役者がそろったらやりたい」と仰っていたのを覚えている。

 

1850年ごろのイタリア、フィレンツェ。由緒正しい貴族バルタザール家の二人の息子、ノーブルで品行正しい兄のアントニオ(柚香)野性的で熱血漢の弟レオナルド(水美舞斗)のもとに遠縁にあたるクレメンティーナ公爵の若き未亡人パメラ(星風まどか)が静養にやってくるところから物語が始まる。

 

元歌姫だったという過去を持つパメラに貴族たちは冷たい視線を浴びせるが、アントニオはその奥にある純粋さを見出して恋するようになる。同時にレオナルドはパメラの激しい性格を見抜き、兄のためを思って一芝居をうって二人を引き離してしまう。こうして悲劇の幕が開く。

 

オープニングは純白の衣装の柚香アントニオ、水美レオナルド、星風パメラ、そしてアントニオの幼馴染で彼を慕うアンジェリカ役の星空美咲の4重唱「愛のエレジー」から。47年前の大劇場の舞台がまざまざと甦り、懐かしさがこみ上げる。初演は後半のクライマックス、カーニバルの場面で大劇場の回り舞台を活かした舞台進行が見事だったことを鮮明に覚えていて、今回は全国ツアーでそれが出来ないのをどうするのだろうと不安に思っていたのだが案の定コロスの動きでカバー、一番の見せ場だっただけにダイナミックさに欠けたのが残念だった。作品の色合いとしては登場人物の関係性とかに後年の「琥珀色の雨にぬれて」との共通点が見られるのが興味深く、ヒロインをめぐる兄弟の葛藤という本筋以外にも当時の社会情勢がしっかりと書きこまれていて、それがクライマックスで畳みかけるように収斂していく様は見事というほかなく、脇役に至るまで目こぼしのない神経の細かさも宝塚の座付き作者としての愛が感じられた。大野演出はほぼ初演に忠実に進行、柴田氏に対するオマージュとなっていたにも好感が持てた。

 

柚香ふんするアントニオは、初演では汀夏子が演じた役。貴族社会の伝統を遵守することが当然と考える青年、女性に対しても優しい感性を持つフェミニストという設定。柚香はそんなアントニオが過去を持つ女と知りながらもパメラに惹かれていく心理をストレートに自然体で表現。それだけに後半の愛の板挟みに苦悩するくだりが際立った。

 

水美が扮したレオナルドは、遊び人で自由奔放と兄とは正反対の性格という設定。初演では芝居巧者の順みつきが演じた役で、兄思いのためとはいうものの兄の恋人を奪ってしまうという強烈な役。2番手がトップの恋人を奪うなんて役は、新作ではまず考えられないが今見ると新鮮。水美がなんとも魅力的に演じている。

 

この舞台の大きな要である2人を翻弄する女性パメラに扮した星風。初演は柴田氏が高宮沙千にあてて書いたとされる役でもあり、娘役というより女役の成熟度が必要とされる難役。現在の宝塚ではこの役を演じ切れる娘役はなかなかみつからず、娘役としていま最も完成度の高い星風でさえもやや背伸びした感じがあった。何しろ元歌姫で、金目当てに愛なき結婚をし、夫を殺した疑いでベローナにいられなくなり、親族の屋敷に転がり込んできたという設定。アントニオに出会って初めて純粋な心を取り戻すのだが…。複雑な女性心理を星風なりに演じたが、もし叶うならこの役を数年後の星風でもう一度見てみたい。

 

アントニオの幼馴染で彼を愛するアンジェリカには星空美咲が起用された。パメラとは対照的な女性役。アントニオにパメラの前で「どちらかを選んで」という場面はなかなか衝撃的。一途な思いが一気にあふれ出る難しい場面を星空が健気に演じて強い印象を残した。

 

パメラの元恋人で憲兵隊員のオテロ役が永久輝せあ。初演では麻実れいが演じた役だ。後半で大きくドラマにかかわってくる役で、なかなか面白く濃い役を永久輝が屈折した風情で演じた。一方、アンジェリカに求婚するレナート役の聖乃あすかは、いわゆる道化役だが底抜けに陽気に演じて暗くなりがちな舞台を明るくする役目を担い印象深かった。カーニバルのダンサーでも美形がひときわ目だっていた。

 

柚香と水美、同期生同士の息の合った二人が対照的な性格の兄弟役を演じたことで成立したといえるが、梨花ますみや高翔みず希ら専科陣のサポートもあって47年ぶりの再演、まずは上出来だった。柴田氏はどうご覧になっただろうか。

 

 

「Fashionable Empire」は、9月まで上演されていたばかりの新作の続演という形。東京の本公演は折からのコロナ禍で計8回しか公演がなかったのでこの全国ツアーがリベンジといった形にもなった。主要メンバーはほぼそろっているので退団した音くり寿の場面に湖春ひめ花が重用され、クラブミスティの場面での水美の相手役のミスティが帆純まひろから侑輝大弥にかわったのが大きな変更点。芝居では受け身の役どころで発散するところのなかった柚香が歌にダンスに本領発揮したのをはじめ、ここでも水美の切れ味鋭いダンサーぶりがひときわ目に焼き付いた。

 

©宝塚歌劇支局プラス2022年10月14日記 薮下哲司

 


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