©️宝塚歌劇団
浅田次郎原作の中国歴史ロマン、雪組公演、グランド・ミュージカル「蒼穹の昴」（原田潤脚本、演出）が10月1日、宝塚大劇場で開幕した。日中友好50周年というタイミングもあるが宝塚にとっても久々の本格的な中国歴史もの、彩風咲奈、朝美絢そしてこの作品が退団公演となる朝月希和の3人の流転の人生がスケール感たっぷりに展開していく。
19世紀後半の中国、落日の清王朝を舞台に、幼馴染ながら対照的な2人の青年、文秀（彩風）と春児（朝美）が、村の占い師の老婆（京三紗）の予言通り、国を動かす重要な地位に上り詰めていく数奇な運命を中心に、西太后（一樹千尋）とその甥光緒帝（縣千）の旧派と改革派が対立する激動の紫禁城内のさまざまな権謀術数ドラマをからめた骨太なストーリー。
彩風扮する文秀（ウェンシュウ）は村の裕福な地主の次男。朝美扮する春児（チュンル）は貧しい農民の子。幕あけの京扮する白太太（パイタイタイ）の予言から、一転、舞台は紫禁城太和殿に移り、辮髪姿の男役が大階段にずらりと勢ぞろいする場面にテンポよく展開、オープニングから宝塚ならではの豪華さに大作感が充満する。
科挙の首席で合格した文秀の西太后と光緒帝謁見シーンだ。ここで文秀ははやくも権力者たちの争いを垣間見ることになる。文秀は宦官になっても出世するという春児と一時、喧嘩別れするが、数年後、紫禁城で開催された祝宴の京劇に代役で登場した春児と再会する。この場面の朝美と眞ノ宮るいによる京劇「挑滑車」の舞が素晴らしい。宝塚的に華やかにアレンジされていながら京劇のエッセンスも伝わった。文秀と春児、再会の場面としても感動的。そして一幕ラスト、夏美よう扮する文秀たちの師、楊の暗殺というドラマチックな場面でさらに盛り上がる。
二幕は、旧派と改革派の権力争いに、文秀や春児が巻き込まれていき、思いがけない結末にたどり着く。宝塚版は文秀を中心にストーリーを展開していくので、春児のその後がカットされ、大作の締めくくりとしてはやや中途半端な着地。時間切れといった感じが否めないのが惜しい。
とはいえ原田脚本は全4巻ある膨大な原作を文秀中心に要領よくまとめ、複雑な当時の中国の歴史を知らなくても十分楽しめる。登場人物の名前の読み方が中国式なので、主人公たちの名前の読み方だけでも先に耳に入れておいた方が尚わかりやすいだろう。
彩風は、恵まれた容姿に加えて、演技に一本芯があり、どんな役も華やかに作りこめる技を自分のものにして、まさに絶好調。天真爛漫で頭脳明晰という文秀にぴったりだった。宝塚的辮髪風のヘアスタイルもよく似合っていた。
春児の朝美は、本来はハングリー精神横溢な役どころなのだが、それを嫌味なく演じられたのは朝美の人柄だろうか。それにしても京劇のシーンは素晴らしかった。
これが退団公演となった朝月は、春児の妹、玲令（リンリン）。貧しい農家の娘ということで前半はなんともみすぼらしい格好で登場するが、文秀に引き取られてから徐々にあか抜けていく感じを非常にうまく描出。ラストの船出はまさしくこれからの朝月と重なった。
専科から京、一樹、夏美のほかに汝鳥伶、悠真倫、凪七瑠海の6人が出演、雪組、専科合同公演のような形になったが、さすがにこれだけ芸達者が出演すると作品の厚みがいつもとは全然違う。6人が6人ともそれぞれ立派な見せ場があって、充実した舞台になった。
その分、雪組若手の出番が少なくなったかというとそうでもなく、順桂（シュンコイ）の和希そらの計算されつくした確かな演技力、縣千の光緒帝は、思わずゾフィーの意のままに操られた「エリザベート」のフランツを思わせる品格のある好演、朝月扮する玲玲に恋する譚嗣同（タンストン）の諏訪さきの初々しさも好感が持てた。前述の眞ノ宮の京劇の師匠黒牡丹も印象的。そして、今回一番の注目は科挙当選組3人の一人、王逸（ワンイー）役の一禾あお。彩風、和希そして一禾と並び、凪七扮する李鴻章に見初められる。それだけのしっかりとした存在感を醸していた。ミセス・チャンに扮した夢白あやはじめ娘役の出番があまりないのが残念な舞台ではあった。
フィナーレは和希の銀橋での主題歌披露から始まってラインダンス、彩風を中心とした男役の群舞, 朝美と娘役の群舞、そして彩風と朝月との濃厚なデュエットダンスと続き、千風カレンがエトワールで登場、パレードは劇中衣装に戻ってのラインアップ、大劇場でトップが羽を背負わないフィナーレはずいぶん久しぶりに見たような気がした。
©宝塚歌劇支局プラス10月1日記 薮下哲司