©️宝塚歌劇団
極美慎、美貌さえわたる星組公演「ベアタ・ベアトリス」開幕
美形男役スターとして早くから注目されてきた星組の極美慎が初主演するミュージカル「ベアタ・ベアトリス」(熊倉飛鳥作、演出)が8日、宝塚バウホールで開幕した。19世紀イギリスの画家ロセッティの波乱に満ちた人生を描いたミュージカルで、妻の死によって真実の愛に目覚める悲しい男を極美が熱演、美貌にさらに磨きがかかった。
ロセッティはラファエル前派とよばれるグループの一人でタイトルとなった肖像画「ベアタ・ベアトリス」が代表作となった画家だが、かなりの美術愛好家でないと知られていないのではないか。かくいう私も不勉強ながら今回、この作品に出会ってロセッティという画家を初めて知った。その程度なので実在の人物といってもその人生についてもよく知らなかったのだが、女好きの自己チューなだらしない男性の波乱万丈の人生で、宝塚の主人公には不向きだがなかなか興味深い題材ではあった。
ロセッティ(極美)は、画家志望といっても旧態依然とした教育方針のロイヤルアカデミーとは性が合わず在学中はほとんど絵をかかず、女の子を追いかけることばかりに精を出して退学してしまうような奔放な学生。街角で出会った帽子屋の店員リジー(小桜ほのか)に一目ぼれして結婚、彼女をモデルにようやく絵を描き始めるが、親友でライバルのミレイ(天飛華音)がリジーをモデルに描いた「オフェーリア」に衝撃を受け、絵が描けなくなってしまう。やがて女優ジェイン(水乃ゆり)と恋に落ち、ジェインはロセッティの弟子モリス(大希颯)と結婚するが、その後もモデルとして関係を続け、それを苦にしたリジーは自殺してしまう。最愛の女性を亡くしたことでロセッティは初めて真実の愛に目覚め……。かいつまんで言えばこういうストーリー。
この作品がデビューとなる熊倉氏は、ロセッティの理想だけは大きいがだらしない性格を丁寧に描写、時折、突拍子もない行動にでるロセッティの心理を徐々に観客に納得させていった。このため前半がかなり長くなったが、夢を持ちながら挫折していくロセッティの人生に自然に入り込んでいけ、少々卑屈で暗いが一人の男の屈折した人生が浮かび上がった。
さわやかな笑顔が魅力の極美には、そんな自己チューで嫌味な男は本来似合わないのだが、甘いマスクに長髪が似合い、おまけに小顔で抜群のプロポーション。登場シーンから満面の笑みをうかべ、一瞬で見るものを魅了、どんなに自己チューでもすべてが許せてしまうのだから美貌おそるべし。初主演という力みもあって内面のつくり込みがやや薄い気もしたが、とにかくセンターに立った極美の男役としての輝きをみているだけで十分の舞台だった。歌唱も「ベルリン、わが愛」新人公演のころと比べると格段に力強くなった印象。星組期待のスターとして存在感をさらに増しそうだ。
相手役はリジーの小桜とジェインの水乃がダブルヒロインといった感じだったが、小桜のキュートな魅力、水乃の匂いたつ色香、いずれも眼福、この組は魅力的な娘役が豊富で、主人公をめぐる女性を何人でも配することができるのが強みだ。ほかにもマーガレット役の澪乃桜季、エフィー役の瑠璃花夏、ロセッティの妹クリスティーナ役の麻丘乃愛と枚挙にいとまがないほど。
男役では画家グループ「前ラファエル兄弟団」の中でも特に親友のウィル役を演じた碧海さりおが誠実な人柄を真摯に演じて印象的。一方、ライバル的存在のミレイを演じた天飛華音もロセッティと対峙するだけの存在感を持ち、金髪のカツラや衣装の華やかさんもあって上り調子の勢いを感じさせた。兄弟団はほかに煌えりせ、碧音斗和、世晴あさといったメンバーだった。
批評家の大御所ラスキンを演じたひろ香祐の確かな演技力も底を支えた。若手ではロセッティの弟子でジェインと結婚するモリス役に抜擢された大希颯(たいき・はやて)に注目。開幕早々の出番はやや若さが見られたが後半、非常に重要な役を好演した。
これからのスターの初主演作に挫折する男の話というのもなんだかなあとは思うものの、ロセッティが描いた絵は見せずモデルの女性を舞台に浮き上がらせる手法や主人公たちの心理をコロスを駆使したダンスシーンを多用して表現する舞台展開がなかなか凝っていてデビュー作らしい意欲作だった。
©宝塚歌劇支局プラス9月9日記 薮下哲司