©️宝塚歌劇団
月組新トップコンビ、月城かなと、海乃美月、お披露目博多座公演のライブ配信
月組新トップコンビ、月城かなとと海乃美月のお披露目となった博多座公演、江戸切絵「川霧の橋」（柴田侑宏脚本、小柳奈穂子演出）とスーパー・ファンタジー「Dream Chaser」（中村暁作、演出）が29日、全国の映画館でのライブビューイングに加えてライブ配信された。
「川霧‐」は山本周五郎原作の「柳橋物語」と「ひとでなし」をもとに1990年、柴田氏が、当時の月組トップコンビだった剣幸とこだま愛のサヨナラ公演のために書き下ろした作品。江戸下町を舞台に、将来を任された若い棟梁とその仲間たちの人間模様を江戸の大火という事件をはさみながら描いた人情ドラマ。いかにも昭和の匂いがする筋立てだが「桜嵐記」を除くここ最近の複雑なストーリーラインが主流の大劇場作品を見ていると、なんともシンプルでわかりやすく、それでいてしっかりと心にしみ、改めて柴田氏の作劇の巧みさに感じ入った。
ただ、5年間トップコンビを務め、男役として円熟の境地にあった剣の集大成として柴田氏が温めてきた題材を、これからトップになる月城のプレ披露公演に企画した製作側の選択眼だけはどうしても納得がいかなかった。新トップの月城はよくやっているが、初演を知る者からするとどうしても分が悪い。「ヴェネチアの紋章」などサヨナラ公演だった作品を新トップお披露目公演にあてる例が続いているが、その意図が図りかねる。そんななか「ヴェネチア‐」が、主題歌を一新するなど、元の作品を意味なく作りかえたのとは違い「川霧」は、初演を忠実に再現したのには好感が持てた。
主役の幸次郎に扮した月城は、青天のカツラと着流しがよく似合い、日本物の雪組育ちの伝統をよく受け継いだ好演。壮一帆時代に演じた新人公演のイメージが強く、オープニングの火事場のシーンのちょっとしたしぐさが壮に生き写しで、育った土壌というのは身に沁みつくものだなあと改めて思い至った。大工仲間をまとめる若棟梁に抜擢されるという設定と、組のトップスターのお披露目というところが妙に重なり合って現実感があり、祭り太鼓を打つトップシーンがなんとも晴れやかだった。長年、お光（海乃）を思いながら口に出せない不器用な感じは剣に一日の長があったが、月城もなんとも微笑ましくはにかんだ感じがよく出ていた。ちょっとした行き違いで結ばれることのない二人だが、紆余曲折の末、ハッピーエンドを予感させるラストもさわやかだった。
相手役のお光を演じた海乃は、これまで何度となく月城と共演していて気心が知れた仲。そんな雰囲気が幼馴染という役柄ともうまくはまった。プレお披露目というより、もう何年もコンビを組んでいるような安定感があった。火事で記憶喪失になるくだりが芝居巧者ならではの見せ場。なんとも切なかった。
幸次郎の同僚の半次役が鳳月杏、若い清吉役が暁千星。それぞれ初演は涼風真世、天海祐希が演じた役だ。鳳月が所作その他全般において抜きんでていて、男役としてほぼ完ぺきな出来栄え。半次のお組（天紫珠李）に対するぶれない一途な思いを胸にためた演技は見事だった。暁の清吉は野心満々の狡猾な若者という設定。笑顔が魅力の暁にとってかなり冒険的な役どころ。悪ぶったセリフで熱演したが、笑顔が邪魔をして悪の匂いが伝わらない。暁にこういう役は似合わないことがよくわかった。
ほかにお光の祖父源六役の光月るう、棟梁、巳之吉役の夢奈瑠音が老け役の重要なわき役に回りしっかりと舞台を引き締めたのも特筆される。娘役では半次の思い人、お組の天紫、幸次郎の病弱な嫁、およしの結愛かれん、芸者、小りんの晴音アキがそれぞれの持ち味をうまく引き出して印象的だった。芝居の月組の伝統にふさわしくわきが充実した舞台だったことは確かだ。
ショーは「桜嵐記」と二本立てだったもので、こちらも珠城りょうのサヨナラ公演仕様のものを月城のお披露目に作り替えている。珠城と美園さくらのところに月城と海乃が入り、鳳月が月城の部分、月城のところに暁が入った感じで展開する。前半のタンゴの場面がテクニカル的に抜群でダンスのレベルの高さに息をのんだ。はじめから博多座で公演があることを見越したようにみえるほどしっくりしたショーに仕上がっていた。
©宝塚歌劇支局プラス10月29日記 薮下哲司