©️宝塚歌劇団（公演ポスター）
月組期待のホープ、風間柚乃バウ初主演！「LOVE AND ALL THAT JAZZ」開幕
月組期待のホープ、風間柚乃が初主演するバウ・ミュージカル「LOVE AND ALL THAT JAZZ」（谷正純作、演出）が7日、宝塚バウホールで開幕した。早くから本公演で大役に抜擢、新人公演でも主演を重ねてきた若手随一の実力派、風間の待望の初主演作は、第二次世界大戦下のベルリンを舞台にドイツ人ジャズピアニストの数奇な運命を描いた愛と感動に満ちた物語。歌、ダンスは言うに及ばず風間の硬軟自在の演技力が作品を大きく押し上げた。
ジャズが禁止され、閉鎖同然の閑散としたジャズクラブ。一台のグランドピアノを前に風間扮するルーカスが、流麗なタッチで主題歌の弾き語りをはじめる。実際に風間が弾いているわけではないが印象的なオープニングだ。一人残されたルーカスの前にナチスの追っ手から逃れてきたユダヤ人女性レナーテ（きよら羽龍）が助けを求めて飛び込んでくる。ルーカスはごく自然に人道的な立場からレナーテを助けようと決意、パリへの脱出行に同行するため、仲間に偽の身分証作成を依頼する。その身分証は、なんとナチス親衛隊の中佐夫妻という肩書。パリへの脱出には効用があったものの、その後はその肩書が大変な重荷になっていく。実話をもとにしたストーリーというが、このあたりサスペンスフルにテンポよく展開していく。
第二次世界大戦下に起こったさまざまなドラマは、戦後、戦勝国アメリカやイギリス、フランスの立場から描かれた作品が数多く公開され、ドイツといえばナチスのイメージと重なり、特にナチスのユダヤ人に対する非道ぶりからドイツ人全体が負のイメージで見られてしまったことは否めない。この舞台では親衛隊の制服が脱出したカナダ人や現地の民間ドイツ人に大きな波紋を呼び逆に危険にさらされる。ドイツ人がみんなナチスではないことをきちんと表現したスクエアな作品といえるだろう。「凱旋門」のレマルク原作によるドイツ人将校の悲劇を描いた映画「愛する時と死する時」を思い出した。
そんな隠れテーマを抱えた作品なのだが、基本的にはジャズに魅せられた青年が自由を求めて旅立つというのがストーリーの核。「A列車で行こう」「ムーンライトセレナーデ」などなど懐かしいスタンダードジャズがふんだんに登場、オリジナル主題歌は宝塚の巨匠、𠮷崎憲治作曲という豪華版だ。
初主演の風間はピアノの弾き語りから始まって、歌、ダンス、芝居と持てる力をフルに発揮した熱演。前半、力が入りすぎて見る方が疲れる部分もあったが、これは回を重ねていくうちにこなれていくだろう。それにしてもセリフの口跡がよく、みる方をぐいぐい引き付ける天性の資質は風間ならではのもの。ルーカスという男の波乱万丈の人生を風間と一緒に二時間半の旅をしたという不思議な感覚が残った。
相手役のレナーテを演じたきよらもオペラ歌手志望という役柄にふさわしい美声を披露、ヒロインとしてのはかなげな美貌と持ち前の芝居心で初主演の風間を支えた。とてもいいコンビだと思う。
ほかの出演者は二幕のカナダの民間ドイツ人収容所に収容されている大学教授フリードリッヒを演じた汝鳥伶以外はすべて何役も演じており、それぞれ少しずつ見せ場がある。なかで一番大きな役は、前半でパリのジャズクラブのトランペット奏者でルーカスをパリから脱出させるルネ、後半で収容所の所長役を演じた千海華蘭で、若手中心の公演の要として存在感たっぷりにまとめあげた。二幕後半、重要なカギを握るごみ収集業者の二人に蘭尚樹と礼華はるが扮して快演したのも目を引いた。前半で密告者フィルを演じた真弘蓮、二幕冒頭のカナダ人姉妹オリビアとドロシーの羽音みか、一乃（いちの）凛の二人の今後の活躍にも注目したい。
汝鳥の存在が舞台の厚みをもたらしたのはもちろんだが、フィナーレのソロも聴きごたえ十分。一方専科入りして最初の公演となった紫門ゆりあは、汝鳥同様、二幕から本格的な登場、獣医のツヴァイクは特に紫門でなければという役でもないが肩の力を抜いて若手中心の公演をサポートした。
フィナーレは「シングシングシング」の総踊りで賑やかに締めくくり、初日の挨拶に臨んだ風間は「千秋楽まででこぼこ道を踏みしめながらもっともっと高みを目指したい」と堂々とした舞台とは裏腹な初々しい言葉。客席のスタンディングオベーションに涙ぐみながら「スイングしなきゃ意味がない」と自身を鼓舞、全員で拳を振り上げ、さわやかに初日の幕を閉じた。
©宝塚歌劇支局プラス10月7日記 薮下哲司