©️宝塚歌劇団
雪組新トップ、彩風咲奈の大劇場披露公演「シティーハンター」開幕
雪組新トップコンビ、彩風咲奈、朝月希和の大劇場披露となったミュージカル「シティーハンター」~盗まれたXYZ~(斎藤吉正脚本、演出)、ショー・オルケスタ「Fire Fever!」(稲葉太地作、演出)が7日、宝塚大劇場で開幕した。北条司原作の人気コミック初のミュージカル化となった「シティーハンター」は、彩風、朝月の底抜けに明るい新コンビにふさわしい弾けた舞台、ショーは彩風の魅力を最大限に追及した灼熱のステージ、コロナ禍の憂鬱を吹き飛ばすホットな二本立てだ。
「シティーハンター」は、「ルパン3世」と同じく少年漫画の舞台化。昨今「王妃の館」や「幕末太陽伝」「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」などなど「品」を重んずるはずの宝塚歌劇とは思えない作品群が連続、時代も変わったという印象が強いが、この作品もその代表格。ついこの間、ベートーヴェンの生涯を格調高く演じたばかりの雪組とは思えないハチャメチャさだが、彩風以下雪組メンバーが楽しんで役に入り込んでいるのを見ていると、宝塚歌劇の許容範囲がここまで広がったのかと喜ぶべきなのかも。まあしかし、原作の「シティーハンター」を知らない古い宝塚ファンがみたら仰天どころかストーリーについていけず、置いてきぼりになること必至。好き嫌いがはっきりするのは致し方のないところだろう。
開演5分前、緞帳が上がるとホリゾント奥のスクリーンに「開演5分前です」と漫画の吹き出しが現れ、暗転するとそこはアフリカの小国グジャマラ王国。軍事クーデターで国王夫妻が暗殺され、危機一髪の事態を逃れたアルマ王女(夢白あや)は日本に亡命を希望する、というところまでが序幕。一転、1988年東京・新宿。シティーハンターこと凄腕のスイーパー(始末屋)冴羽りょう(彩風)が、黒のブレザーにタイトなパンツ、茶色のレザーのシャツにというカジュアルなスタイルでひょうきんに登場。登場人物が出そろったところでプロローグ。彼に助けを求めるメッセージが届く…。
パートナーの槇村香(朝月希和)とアルマ王女のボディガードをすることになった冴羽だが、同時に女優、宇都宮乙(千風アレン)からも暴力団がらみのいざこざに巻き込まれた息子、豊(彩海せら)を助けてほしいと依頼があり、こちらも受けるのだが、その事件とグジャマラ王国のクーデターが微妙に絡んでいることがわかり、事件は意外な方向に展開していく。大筋はざっとこんな感じで、これに元相棒のアメリカ人ミック(朝美絢)と香の兄、秀幸(綾鳳華)との因縁話、冴羽たちのたまり場「キャッツアイ」のマスター、海坊主(縣千)らの人間関係が横糸で絡んでいく。いつもの斎藤脚本のパターンを踏襲、登場人物が多いうえ、漫画原作とあって、誰もが役の作りこみが半端ではなく、大声で熱演するものだから、時々せりふがきこえづらい個所もあり、かなり暑苦しい舞台であることは確か。この際、途中でストーリーを追うのを断念するのも得策かも。新宿の電光掲示板に1980年代後半の電飾広告が次々に現われ大型家電店やスーパーにまじって「ロマノフの宝石」や「ベルサイユのばら」などの当時の宝塚歌劇の広告も登場、時代色を表わすのはいいが、そちらに気を取られて、ただでさえ分かりにくいストーリーが余計わかりにくくなって目障りだった。
とはいえ、彩風の冴羽は原作をかなり研究した成果が現れていて、なかなかのつくり込みだった。一見女好きのうわついた軽い感じはするが、それが少年時代の過酷な経験に裏打ちされたもので、実際は孤独な青年であることが垣間見える解釈が彩風らしかった。なんといっても明るくキュートな笑顔がすべてを包み込む。
相手役の香を演じた朝月も、冴羽が脱線するとすぐさまハンマーをもって天誅を下すという間柄だが、一緒にいるとけんかばかりしているという、よくある大人の男女関係を、嫌味なくさらりと演じのけた。従来のヒロイン像とは違うが彩風との相性はよく、この二人なかなか面白そうなコンビになりそうだ。
この公演から二番手となった朝美は唯一ブロンドのアメリカ人役。朝美にはうってつけのハイテンションでカッコいい役どころだった。朝月扮する香が熱を上げるのもむべなるかなというところ。
そのほか牧村秀幸の綾、海坊主の縣はいずれも眼鏡やサングラスで作りこみ、漫画のキャラクターそっくりに熱演。なかでも縣のマッチョぶりには舌を巻いた。バウ公演での犬の演技といい二枚目をかなぐり捨てた演技が頼もしかった。
娘役ではこの公演が雪組での最後となる彩みちるの女刑事、野上のセクシーぶり、アルマ王女役の夢白の正統派宝塚プリンセスぶり、対照的な二人の好演もみものだ。
一方、ショーは芝居とはうってかわったシンプルさ。オープニングはジャングルの熱帯夜というシチュエーションで、奏乃はるとの豊かな歌声にのせて真紅の衣装の朝美らがダイナミックに踊り、ポーズすると舞台奥から黄金に輝く彩風扮するジャングルキングが登場。主題歌を歌いながら総踊りとなる。彩風と朝月がゴールドに黒い羽根という豪華な衣装であと全員がおそろいの目にも鮮やかな真紅の衣装。ショー全体がこの真紅のイメージで統一されていて、ショーのオープニングとしても秀逸だった。百花沙里振付。
しかも彩風、朝月のトップコンビ以外はほとんどの場面が全員同じ衣装。とにかく新コンビを際立たせようという狙いのショーで、彩風も朝月もほぼ出ずっぱりでフィナーレまで突っ走った。
彩風がゴールドのスーツを着て朝美ら男役陣と踊る「コンクリートジャングル」(三井聡振付)のダンスもスタイリッシュだったが、続く中詰めの彩風以下雪組生ほぼ全員によるラインダンスも超ゴージャス。続いて久城あすが語り部となって展開する朝月と綾の悲恋に彩風扮する火の鳥が登場、燃え上がる炎は留まるところを知らずFire Fever(炎の舞)に昇華していく。シンプルで見事な構成、彩風と朝月の魅力も最大限に生かされ、新生雪組の門出を飾るにふさわしいショーだった。
彩風は大きな羽を背負い汗だくで初日のあいさつに臨み「オリンピックは明日で終わり、最高に熱いシティはここになります。千秋楽まで皆さんとフィーバーしましょう」と笑顔で話しかけ、満員のファンの大きな拍手を浴びていた。
©宝塚歌劇支局プラス8月7日記 薮下哲司