©️宝塚歌劇団
トップ・オブ・トップスとして専科で約20年間活躍した別格的なスター、轟悠の退団公演となった星組公演、戯作「婆娑羅の玄孫(やしゃご)」(植田紳爾作、演出)が、9日、梅田芸術劇場シアター・ドラマシティで開幕した。「長崎しぐれ坂」以来16年ぶりとなる植田氏の書き下ろし芝居で、「スーパースター、轟を見送るにふさわしいものをと苦心の結果、かつての東映時代劇を見るような勧善懲悪、単純明快な娯楽作に仕立てた」との植田氏の言葉通り、懐かしいテイストの娯楽活劇にしあがった。
「婆娑羅‐」は、江戸の下町、神田は稲荷町のなめくじ長屋を舞台に、なにやらいわくありげな浪人、細石蔵之介(轟悠)の弱きを助け、強きをくじき、「石先生」と子供から大人まで絶大な人気を誇る庶民の味方のスーパーヒーローぶりを描いた時代劇。タイトルは蔵之介が婆娑羅大名といわれた佐々木道誉の末裔ということから由来している。
幕が開くと新緑が萌える上野不忍池。深編笠を手にすっくとたたずむ男にスポットが当たり男は歌いだす。蔵之介に扮した轟の登場だ。まさしくトップ・オブ・トップスの貫禄十分、そこへいきなり現れた黒装束の刺客たち。いきなり派手な立ち回りが繰り広げられる。刺客の手から落ちた刀をそのまま下で受け取って相手を切り倒すという高度なテクニックの殺陣もあって見せる。
一幕は、そんな蔵之介が長崎から殺された父親の敵討ちのために江戸にやってきた中国人姉弟を蔵之介とのエピソード。二幕が蔵之介自身の出自の話が、神田祭、星祭りなど江戸情緒豊かな風物とともに蔵之介と長屋の住人たちの交流などが描かれていく。
瓦版売りの権六(極美慎)が長屋の住人たちに昨夜の蔵之介の手柄を言いふらしているところから話がスタート。中国人姉弟の仇討ち話に話が展開する。姉弟に扮しているのは小桜ほのかと稀惺かずと。中国語を話す姉弟と轟がとんちんかんな中国語でやりとりをするくだりが笑わせる。
合間に挟まる神田祭の鳶頭たちの勇壮な舞や、満開の桜の下でのお茶会に登場する元禄風俗の男女の群舞など日本物レビュー定番の華やかな踊りがふんだんに散りばめられるのもうれしい趣向。轟とお鈴役の音波みのりの掛け合いも楽しい。
二幕も桜狩りの場面から始まり、轟の山神に扮した勇壮な舞が見どころ。ラストは轟の退団と石先生の旅立ちをひっかけた大団円。出演者全員に見守られながら轟が旅立っていく。一部、二部を通じて轟に退団公演という気負いが全くなく、爺役の汝鳥伶との息の合ったコンビぶりを気持ちよく見ていたが、ラストで退団公演だったことを改めて思い出させた。大劇場と違って人数が少ないのがなんとも寂しいが、それだけに全員の思いも濃く、熱いものいが舞台上から客席にまで伝わって感動ものだった。
轟は、いまさらいうまでもなく舞台にいるだけで圧倒的な存在感。男役人生の集大成を細石蔵之介という役に集約したといっていいだろう。立ち回りや日舞など、日本物の所作の伝統を、下級生にきっちりと伝えておきたいという熱意もひしひしと感じられ、退団公演にふさわしい舞台になったのではないかと思う。
蔵之介の後見人である彦左役の汝鳥は、轟とは何度も共演していてあ、うんの呼吸で芝居ができる人なので、轟が安心して舞台に臨めた。この人がいるからこの舞台が成立したといってもいい大きな存在だった。
相手役という存在はお鈴役の音波みのりで、蔵之介をひそかに慕っているものの口には出せず、ついついつっけんどんな受け答えをしてしまう、そんな町娘を轟相手に巧みに演じていた。
星組の若手スターは、長崎藩武士の安部四郎五郎役と佐々木家家臣、西川頼母役の二役を演じた天華えまと瓦版売りの権六に扮した極美慎が大きな役で轟と絡んだ。天華が善悪両極端の武家役をきりりと演じ分ければ、極美は冒頭からべらんめえ調の江戸弁をまくしたて江戸の匂いを発散、それぞれの役割をしっかりと務めて轟をサポートした。
一方、一幕の中国人姉弟を小桜と稀惺が演じたが、轟最後の公演で稀惺が轟の胸を借りて初の大役というのも植田氏ならではの起用だった。稀惺もこれにこたえて初々しい演技を披露、目を引いた。轟退団公演で新スターの芽吹き、これからの宝塚に光が差したような一瞬だった。
©宝塚歌劇支局プラス7月9日記 薮下哲司
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轟悠の退団公演、戯作「婆娑羅の玄孫(やしゃご)」シアタードラマシティで開幕
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