©️宝塚歌劇団
華優希、瀬戸かずやサヨナラ公演、花組「アウグストゥス」「Cool Beast!!」開幕
柚香光を中心とする花組による宝塚大劇場公演、ドラマ・ヒストリ「アウグストゥス」-尊厳ある者―(田淵大輔作、演出)とパッショネイト・ファンタジー「Cool Beast!!」(藤井大介作、演出)が桜満開の2日開幕した。ローマ帝国時代を背景にした歴史劇と野獣をテーマにしたファッショナブルなショーの二本立て。新型コロナの第4波が心配されるなかこの日から生オーケストラが解禁、娘役トップの華優希と人気スター、瀬戸かずやのダブル退団初日とあって大劇場は満席の盛況だったが、芝居は力作ながらやや残念な結果、ショーは久々のヒット、二人のダイスケの勝負は先輩に軍配!?
「アウグストゥス」は、紀元前のローマ、カエサル(英語読みだとシーザー)の大甥にあたりカエサルの死後、初代ローマ帝国の皇帝となるオクタヴィウスの半生にスポットを当てた歴史劇。題名の「アウグストゥス」とは、オクタヴィウスが皇帝になった時に尊厳者を意味する「アウグストゥス」と呼ばれたことからとられている。ローマ帝国繁栄の礎を築いた偉大な人物だが、ドラマとしてはカエサル、その腹心の部下アントニウス、二人に愛されたエジプトの女王クレオパトラの愛憎の物語が有名で、オクタヴィウスは脇役で登場することが多い。カエサルとブルートゥスを中心にした2006年月組公演「暁のローマ」では北翔海莉が演じていた。
歴史的には重要な人物だがドラマにはなりにくい人物、オクタヴィウスを主人公にすると聞いた時から危惧を抱いたのだが、案の定、予感は的中。大叔父カエサル殺害にまつわる復讐劇というわけでもなく、皇帝という地位に野望を抱くわけでもなく、色恋沙汰もなく、尊厳者として生きた崇高な人物の説教臭いお話になってしまった。当然、瀬戸が演じたアントニウス、凪七瑠海が演じたクレオパトラの話の方に人間味があり二人が熱演するものだからそちらに重心が移り、ただそれも脇筋なのでどっちつかず、なんだか中途半端な生煮えの作品になってしまった。華が演じたカエサルの政敵ポンペイウスの娘ポンペイアにいたってはおよそヒロインらしくない役で、芝居巧者らしく好演したが、後半は亡霊としての登場で、これが最後の舞台というのはちょっと悲しい。
オクタヴィウスと水美舞斗が演じた盟友アグリッパの男同士の友情のストーリーに、アントニウスとクレオパトラを絡めるというのが、当初の構想だったのではないかと推測されるが、組構成の関係などさまざまな事情で脚本に手を加えているうちにこうなった、みたいな感じ。主要な登場人物が一人一人、銀橋に出てソロを歌うという気遣いに、そんな裏側が透けて見えた。あくまでも推測だが。
柚香が演じたオクタヴィウスは、ポスターのようなぎらぎらとした男性像ではなく何事にも冷静沈着、戦いを好まない人物。そんな優しさを真情とするような男性を演じる柚香に最初はやや違和感があったのだが、それが結果的に民衆に慕われていくことになることが分かっていくとかなりの納得性となって迫ってきた。ラストのアントニウスとの戦いの場面でそれがよく表れていた。戦わずして勝つ、それがオクタヴィウス、尊厳者たるゆえん。柚香の迷いのない人物表現の巧みさには頭が下がった。
この公演で退団する華が演じたポンペイアは、カエサルの政敵ポンペイウスの娘。戦いで父を殺された事に恨みを持ち、凱旋式でカエサルに襲うかかるところをオクタヴィウスに止められ、巫女となる。オクタヴィウスの生き方に影響を及ぼす存在になるのだが、途中で一向に出番がないのでどうなったのかと思ったら死んでいたのには仰天!魂で結ばれるという設定らしいのだが理解に苦しむ結末だった。娘役として充実、口跡のいいセリフが耳に心地よく、好演しているのだけが救いだった。
オクタヴィウスと敵対するアントニウスは同じくこの公演で退団する瀬戸かずやが扮した。カエサルの腹心の部下で、カエサルの愛人だったクレオパトラと結婚する。本来は直情型の軍人だが、瀬戸はアントニウスを狡猾でずるがしこい人物としてねちっこく表現、それがまた板についていて絶品だった。サヨナラ公演にふさわしい有終の美を飾ったといえるだろう。
エジプトの女王クレオパトラは専科から特別出演の凪七瑠海。カエサルとアントニウスの二人の大物を手玉に取る絶世の美女という濃いイメージとは違った、割とあっさりとした作りだったが男役らしい押し出しのある凪七にはそれがちょうどいい塩梅で瀬戸とのコンビネーションも宝塚ではあまり見ることができない大人の雰囲気があった。主要人物全員にソロがあるのは前述したとおりだが凪七は都合3曲ほどソロがあり特に印象的。しかし、肝心の場面が伝えられている史実とは違い、ここまでやるならその辺もきっちりしてほしかった。
そのほかの主要人物はオクタヴィヌスの盟友アグリッパの水美、ブルートゥスの永久輝せあ、オクタヴィウスの姉オクタヴィアの音くり寿、そしてカエサルの夏美(専科)といったところ。水美のアグリッパがオクタヴィウスの影のような面白いキャラクターでもうけ役。同じようにクレオパトラの腹心の部下アポロドラスも和海しょうがふくみを持たせて演じ印象に残った。
一方「Cool Beast‼」は、柚香が野獣をイメージしたキャラクターに扮して全編を駆け抜けるワイルドなショー。幕開きは上手から凪七、下手から美穂圭子がせり上がり、美しい野獣が見た夢の話をしようと歌ったあと、幕が開くと中央の大ぜりに板付きで、パンクロックの歌手のようなぎらぎらの衣装に真っ赤なロングヘアーという突っ張ったファッションで柚香が登場。両脇の別のセリには華と瀬戸が。3人そろい踏みの華やかなプロローグ。場面変わってアフリカの大地。柚香と入れ替わりに登場した水美の驚くべきダンスの跳躍が目に飛び込んでくる。
プロローグからこの通り歌とダンスを明確に分けて、次から次へとテンポよく展開。衣装も原色を大胆に使ったアフリカンカラーをメーンにカラフルなものばかり。柚香が野獣なら華は花、瀬戸が人間という設定で、柚香の野獣が華の花に魅せられて踊るロマンチックなダンスシーンがあるかと思えば、水美を中心にした野獣たちの激しいダンスと見せ場が多く、その間を美穂と凪七が歌でつなぐといったスタイルで、レビューの定番ではあるが、歌もダンスもパワー炸裂なので見る側も息つく暇もない。瀬戸を相手に柚香がセクシーな女役で踊るサービスもあって目を楽しませてくれた。この場面のカゲソロを担当した和海しょうの歌声も必聴。
群舞ではとにかく水美のダンス力が際立っていて、水美が踊るどの場面も寸分たりとも見逃せない。永久輝はフィナーレでエトワールを務めるなど、多くの場面で歌にダンスに活躍、ほかに娘役では美羽愛と星空美咲がペアで妖精的に使われていて劇団の期待値をうかがわせた。やたらに突っ走るだけではなく聴かせどころはたっぷり、ダンスは激しくとメリハリがあり硬軟自在、おまけに歌もダンスも充実していて、久々に見ごたえのあるショーだった。
©宝塚歌劇支局プラス4月3日記 薮下哲司