柚希礼音、退団後初ステージ、地元大阪公演スタート
そうそうたる本場メンバーにひけとらぬ大健闘!
5月に退団した元星組トップ、柚希礼音の退団後初ステージとなったミュージカル「PRINCE OF BROADWAY」(ハロルド・プリンス演出)の東京公演に続く大阪公演が、28日、梅田芸術劇場メインホールで始まった。今回はこの模様を報告しよう。
10月23日から11月22日まで約一カ月にわたった東京公演を盛況裏に終えていよいよ地元大阪へ。初日は柚希の退団後初ステージの雄姿を目に焼き付けようと高額の入場料にもかかわらず場内は満員の盛況となった。東京公演の評判は、すでに口コミやネットで伝わり「柚希はよくやっているが出番が少ない」とか「出演者は圧倒的にうまいけれど名作ダイジェストは単調で退屈」とか手厳しい意見がいろいろ。しかし、これだけの一流どころが一堂に会するステージは、本場でもなかなか見られない。まさに居ながらにして味わえる至福のミュージカルだ。そこで、登場する作品解説も含めてこの舞台のみどころ簡単に解説しよう。
場内が暗転すると真っ赤な緞帳がスクリーンに早変わり。「パジャマゲーム」から始まったハロルド・プリンスが手掛けた数々のミュージカルのタイトルが次々と映し出されるなか「屋根の上のヴァイオリン弾き」の「トラディション」を皮切りに数々の主題歌がメドレーで流れる。ミュージカル・ファンならこの序曲から早くもわくわくすることうけあい。作曲家ではなく演出家なのでいろんな作曲家の作品があり、そのレパートリーは広く、しかも常に時代を先取りした新しさがある。これこそがハロルド・プリンスの真骨頂。そんなプリンスの世界が序曲に集約されている。
舞台も、ハロルド・プリンスのバイオグラフィーをプリンス自身に扮した市村正親がナレーションで振り返っていくという構成で、現在、ブロードウェーでロングラン中の「オペラ座の怪人」などに出演中の現役バリバリの実力派スターたち11人と柚希が名場面を再現する。贅沢きわまりないミュージカルだ。
幕が開くと「フローラ、赤の脅威」の主題歌に合わせてカンパニー全員が勢ぞろい。最後に柚希が登場する。柚希は最初から破格の扱い。市村のMCでまずは初期の代表作「くたばれ!ヤンキース」(1956年)の1シーンから。大の野球ファンの主人公が、悪魔に魂を売って若さを取り戻し、ひいきのチームの主力選手になって大活躍するという痛快ミュージカルで、悪魔のローラに扮した柚希がトニー・ヤズベック扮する主人公ジョーイを更衣室で誘惑するダンスが最初のみどころ。このミュージカル、グエン・バードン主演の映画版が目に焼き付いているが、日本でも2度上演されており最近では湖月わたるがこのダンスを踊った。ユニフォームから一瞬でハイレグの黒のランジェリー姿に早変わり、ボブ・フォッシー振付(オリジナル)のセクシーなダンスを披露する。柚希のしなやかなダンスと健康的なお色気が堪能できる場面だ。笑顔がなんともかわいい。
続いて「ウエストサイド物語」から「サムシングカミング」「トウナイト」をトニーをラミン・カリムルー、マリアにケイリー・アン・ヴォーヒーズで。「シー・ラブズ・ミー」「スーパーマン」のあとの「フォーリーズ」ではまず柚希が華やかなショーガールで登場。
「フォーリーズ」は、長年親しまれた劇場が閉鎖されることになり、お別れパーティーに集まってきたかつてのスターたちの過去現在を甘酸っぱく描いた傑作。彼らの若き日の回想シーンは若手スターが演じ、ブロードウェーの層の厚さを見せつけたミュージカルだった。日本では上演されていないが2001年にブロードウェーで見た舞台には「ウエストサイド物語」のナタリー・ウッドや「マイ・フェア・レディ」のオードリー・へプバーンなど映画版の吹き替えを担当したマーニ・ニクソンが出演、衰えぬ美貌で美声を聴かせてくれた。今回は「ライトガール」でヤズベックが圧巻の洗練されたタップを披露。この場面を見られただけで入場料の元は取れる。ほかにもサワリの場面が再現されたが、初見の観客には回想部分がややわかりにくくて、作品の真価が伝わらず残念だった。
「リトル・ナイト・ミュージック」の名曲「センド・イン・ザ・クラウン」はエミリー・スキナーが絶唱。1998年に一路真輝がニューヨークのカーネギーホールで歌ったのを思い出した。ここからは「屋根の上のヴァイオリン弾き」「キャバレー」「オペラ座の怪人」と一気におなじみの名作が登場。「キャバレー」のMCはジョシュ・グリセッティ、サリーはブリヨーナ・マリー・バーハムが、「オペラ座―」は、ファントムのカリムルー、クリスティーヌのヴォーヒーズの「wss」コンビがそれぞれ圧倒的歌唱力で歌いこんだ。柚希は「キャバレー」でアンサンブルのピアニストを務めた。
休憩後は、山口祐一郎、鳳蘭らの出演で日本でも上演されたスティーブン・ソンドハイムの異色作「カンパニー」から。ここでもヤズベックの「ビーイング・アライブ」が見事。「ローマで起こった奇妙な出来事」「エビータ」と続いてオリジナルパフォーマンスの「タイムズ・スクエア・バレエ」が二幕の柚希の見せ場。ブロードウェーの舞台に憬れるダンサー役で、スーザン・ストローマンの振り付けは、宝塚では封印していた柚希のバレエの才能を存分に生かした本格的なもので、柚希ならではのダイナミックなナンバーだった。二幕にはもうひとつ柚希の見せ場があった。「蜘蛛女のキス」のオーロラ役で、こちらは蜘蛛の巣のセットの前、妖しい雰囲気で同名主題歌を日本語で歌った。高音まで透き通るようなソプラノが多い中、彼女の低音が際だったが、実力派のなかではやや声量が足りない。今後の課題だろう。
舞台は「スゥイニー・トッド」とリバイバルの「ショーボート」とプリンス円熟期の代表作を最後に締めくくり、出演者全員がラインアップしてのフィナーレとなった。名作「ショーボート」は平みち、神奈美帆のコンビで宝塚でも上演されており、その主題歌が最後をしめくくったのが何とも懐かしかった。
数々の名場面集をみていると改めてプリンスのミュージカル界における存在の大きさを再認識。「くたばれ!ヤンキース」から「ショーボート」まで、それぞれのミュージカルにまつわるいろんな思い出が走馬灯のように駆け巡ってあっという間の2時間40分だった。
1998年にニューヨークのビビアン・ボーモント劇場で見た「パレード」も登場、アメリカ南部のユダヤ人差別を描いた野心作で、興行的には不発だったが、本人的にはこだわりがある作品であることがよく理解できた。それぞれの場面はレベルの高い出演者の技量がフルに生かされていて見ごたえ聴きごたえ十分だったが、ほぼ時系列に並べられた構成は、単調といえば単調で、もう少し改善の余地がありそうだ。プリンス本人を演じた市村のナレーションが音楽とかぶって聞き取れない箇所が再三あったこともマイナス材料だった。あと割愛された「パジャマゲーム」の名ナンバー「スチームヒート」もぜひ加えてほしかった。
柚希は、ブロードウェーの第一線のメンバーと並んでもその堂々たる体格は遜色なく、かえって大きくみえたくらい。宝塚時代は娘役を軽々とリフトしていたそんな大柄な柚希が、ヤズベックに豪快にリフトされる場面はなかなか迫力があった。東京公演千秋楽に来年3月に退団後初となるコンサート「REON JACK」が発表され、なんと星組時代にコンビを組んでいた陽月華とのコンビが復活するという。バウ公演「ハレルヤGO!GO!」の名コンビ復活は、いまだからこそ魅力的なものになるだろう。演出は「ハレルヤ―」の稲葉太一というからさらに楽しみだ。
ブロードウェーのメンバーはいまさら言うまでもなく、11人すべてが最高のプロフェッショナル。なかでも柚希の相手を務めたヤズベックは歌にダンスに第一級のパフォーマンスを見せてくれた。ミュージカルを見るならやはり本場だなあ、という思いが改めて募った舞台だった。
©宝塚歌劇支局プラス11月29日記 薮下哲司
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巻頭は「PRINCE OF BROADWAY」で再スタートした生まれ変わった柚希礼音を特集。インタビューや今後の期待を。そして「ベルばら」から「るろ剣」に続く「マンガと宝塚の幸せな関係」を様々な角度から大特集します。ほかに話題作「星逢一夜」の魅力解剖、台湾公演レポート、各組公演の公演評、OG公演評。そして「CHICAGO」アメリカ・カンパニーに出演する湖月わたるのロングインタビューと宝塚ファン必読の一冊です。ぜひお近くの書店でお買い求めください。