安蘭けい、ウィルキンソン先生役を好演!「ビリー・エリオット」大阪公演
スティーブン・ダルトリー監督の傑作映画「リトル・ダンサー」のミュージカル版「ビリー・エリオット」日本人キャストバージョンが3年ぶりに再演され、東京に引き続いて梅田芸術劇場メインホールで大阪公演が行われている。コロナ禍で公演数が大幅に減少、㏚も行き届かず、会場は思いのほか空席が目だったが、舞台は前回よりもさらにクオリティーが高く、充実したものになった。
ホリプロが中心となったこの日本人キャストバージョン、基本的にはロンドンのオリジナルを踏襲しているが、ビリーの部屋やラストの炭鉱夫たちが坑道に降りていくシーンなどのせり上がりとせり下がりが劇場の構造の関係で出来ず、スライドや黒幕で処理しているところが大きな違い。しかし、実力派ぞろいのキャストによる入念なリハーサルの積み上げで作品自体の質感はオリジナルに劣らない。
舞台は1984年。不況にあえぐイギリスの炭鉱町イージントン。幼いころに母を亡くしたビリーは、炭鉱夫の父と兄、認知症の祖母の4人暮らし。父と兄は炭鉱閉鎖に反対する組合とともにストライキに参加、会社側との衝突が絶えない。父はビリーを逞しく育てようとボクシングを習わせているが、ビリーは同じ部屋で練習するバレエ教室に偶然まぎれこみ、レッスンを受けるはめに。教師のウィルキンソンはビリーのバレエの才能を見抜き、ロイヤルバレエスクールを受けることを父親に進言するが……。
先の見えない状況の中から、一筋の希望を見出し、それに向かって邁進することの勇気と決断、そのこと自体はこれまでにもいろんな形で描かれているが、炭鉱不況で街自体が騒然とする状況と同時に並行して描いたことで、ビリーの決断があとに引けない緊張感となり、見る者は胸をに締め付けられるような緊迫感で押しつぶされそうになる。見事な構成だった。
今回わたしが見たキャストは、ビリーが渡部出日寿、お父さんが橋本さとし、ウィルキンソン先生が安蘭けい、おばあちゃんが阿知波悟美、トニー(兄)が中井智彦、オールダービリーが永野亮比己。すべて今回が初めてのニューキャストだった。
ビリー役の渡部くんは、両親ともにバレエダンサーという恵まれた環境で育った少年。ダンスはもちろん歌もセリフの口跡も素晴らしく、ビリーを演じるために生まれてきたような才能の持ち主。一幕終わりの「怒りのダンス」二幕のオールダービリーとの「白鳥の湖パ・ド・ドウ」いずれも息をのんだ。
そのビリーのバレエの才能を見抜いて個人レッスンするウィルキンソン役の安蘭は、登場シーンからその華やかなオーラで引き付けるが、決して元バリバリのダンサーだった過去があるわけではなく、田舎町で子供たちに慕われるやり手の教師という感覚が巧みに醸しだしていて、持ち前の華やかな個性とのバランスが絶妙だった。退団後11年、女優としての深みを増した安蘭ならではのウィルキンソンだった。カーテンコールは純白のチュチュ姿で登場、その鮮やかな変身ぶりも見事だった。
父親役の橋本さとしも好演。一人練習するビリーのバレエを偶然見て、深夜にウィルキンソンにオーディションを頼みに行く場面は、武骨ながら息子を思う父親の繊細な神経をのぞかせて巧みだった。
数多くのミュージカルのなかでも1、2を競う名作舞台。翻訳に当たってイージントン訛りを日本の炭鉱町だった北九州の訛りに置き換えたのは作品の本質から言うとうわべをなぞるだけで不要だったと思うが、今後もブラッシュアップして再演の機会を待ちたい。大阪公演は14日まで。
©宝塚歌劇支局プラス11月12日記 薮下哲司