©️宝塚歌劇団
珠城りょうが男女二役を楽しげに熱演する「ピガール狂騒曲」と
松本悠里退団公演「WELCOME TO TAKARAZUKA」開幕
コロナ禍のため延期されていた月組公演、JAPAN TRADITIONAL REVUE「WELCOME TO TAKARAZUKA」(坂東玉三郎監修、植田紳爾作、演出)ミュージカル「ピガール狂騒曲」(原田諒作、演出)が、5か月遅れて9月25日、宝塚大劇場でようやく開幕した。もともとは今年夏に開催されるはずだった東京オリンピックに合わせて企画された華やかな日本もののレビューと宝塚レビューのルーツともいえる20世紀初頭のパリのレビュー界を舞台にした底抜けに明るいミュージカルコメディの二本立て。106期生の初舞台お披露目も加わってコロナ禍の暗いムードを吹き飛ばすゴージャスな舞台に、一部を除いて通常に戻った満席の客席からは開幕アナウンス時から滝のような大きな拍手が沸き起こり、久々に本来の熱気がよみがえった熱い初日だった。
「WELCOME―」は、日本物の定番「チョンパ」で開幕。珠城の若衆を中心に月組生がずらり勢ぞろいするとまさにこれぞタカラヅカという華やかさ。ラフな絵画的な装置は、こういう本格的な日本物には合わない気がするものの、斬新な色使いの衣装が目に鮮やかで「あなたの夢は何ですか」で始まる軽快な主題歌が流れると自然に手拍子が沸き起こる。華やかな総踊りが一段落したところで106期生39人の初舞台生が日本髪にすみれ色の振り袖姿で勢ぞろい。光月るう組長のあいさつの後、初日は華世京(かせ・きょう)と湖春ひめ花が初々しく口上。本題の「雪月花」に。
雪の巻は、この公演で退団を発表した専科の松本悠里の登場。1989年のニューヨーク公演で踊った「雪しまき」の再現。真っ赤な鳥居が連なる装置の前でせりあがった松本の真紅の大振袖のあでやかさは31年前にニューヨークで見た時のまま。まるでタイムスリップしたかのようだった。振りはかなりそぎ落とされやや短く感じたが年月を感じさせない動きの美しさはさすがだった。幻の男たちは千海華蘭、春海ゆう、蘭尚樹と宝塚舞踊会常連メンバーが務めていた。
月の巻は、真っ暗な新月から満月までを珠城、美園さくらを中心にボレロのリズムにのせて一糸乱れぬ動きで見せる力強い群舞。鳳月杏、暁千星が脇を固めた。
続く花の巻は月城かなとが鏡に向かって振りを確認するうちに鏡に映った自分(風間柚乃)が自由に動き出す。男役誕生を描いた傑作舞踊を月城と風間が息の合った舞で披露。
雪がビバルディ「四季」から「冬」月がベートーベン「月光」花がチャイコフスキー「くるみ割り人形」から「花のワルツ」とクラシックの名曲を使用、宝塚ならではのオーケストラによる日舞を際立たせる趣向だった。
フィナーレは再び、全員そろっての総踊り、途中、松本のせり上がりもあって華やかに締めくくった。監修の坂東玉三郎は歌舞伎座出演中で姿はなかったが、以前聞いた本人の話によると全体の構成や衣装や装置の色使いなどをアドバイスしたそう。チョンパの明るさと対照的な新月の暗闇のシーンは特に印象的、そして使用曲がクラシックであることで全体が非常に上品だったのが心地よかった。
「ピガール―」は、シェイクスピア原作「十二夜」のモチーフを1900年のパリのレビュー界に置き換えたミュージカルコメディ。「リンカーン」や「ドクトル・ジバゴ」といった重く暗い話が続いた原田氏の「20世紀号に乗って」に続くコメディー。元の話を換骨奪胎、舞台を愛する人々の熱い気持ちに置き換えているのだが、これがコロナ禍で稽古もままならなかった月組生の熱い宝塚愛とリンクして、さわやかで実に素敵なミュージカルに仕上がった。
元の話は、難破した船に乗り合わせていた双子の兄妹が、別れ別れになって同じ島に漂流、妹が男装して伯爵家の召使になったことから起こる騒動を描いたシェイクスピア原作でも人気の戯曲。「ピガール―」は、ギャングに連れ去られようとしたジャンヌ(珠城)が、長い髪をバッサリ切って男装、ジャックと名乗ってパリのレビュー小屋ムーランルージュに駆け込むところから話がスタート。経営不振にあえぐ支配人のシャルル(月城)は、ジャックに、新作レビューのヒロインに目をつけた人気作家ウィリー(鳳月)の妻ガブリエル(美園)に出演交渉して成功したら雇うと条件をつける。ジャックがおそるおそる交渉にいくと、男装した女性とは知らずに、ガブリエルがジャックに一目ぼれ、出演をOKする…。
とまあそんな具合にストーリーが展開、男と女の入れ違い騒動が佳境のころ合いに、ジャンヌの実の兄ヴィクトール(珠城2役)が登場、ややこしい話がさらにややこしくなって収拾がつかなくなる。最後は「男でも女でもそんなことは関係ない」という21世紀ならではのさわやかな大団円。「十二夜」をベースに、宝塚のルーツであるベルエポックのパリのレビュー界を描き、舞台への愛、宝塚愛をにじませながら、性別を超えた人間愛にまで昇華させたなかなか憎い作劇だった。
男女二役に挑戦した珠城は、元来男役が似合いすぎて、女性がぎごちなく男装しているという雰囲気がないのが玉にきず。それでも男装したジャンヌ(ジャック)が通路を歩くだけでムーランルージュの踊り子たちが一斉に熱を上げるというオーバーな演出に納得できるだけの魅力はあった。ただ女らしさを残すジャックよりヴィクトール役の方が珠城にはぴったりだった。
男女二役で早変わりに忙しい珠城の影に抜擢されたのは、姿かたちが珠城にそっくりな蒼真せれん。クライマックスのジャック(ジャンヌ)とヴィクトールの対面シーンでは声は珠城が吹き替えたが、二人の抱擁シーンもあり、そのそっくりぶりには客席も茫然だった。プログラムに名前がないのはサプライズを意図したのかもしれないが、ちょっとかわいそうな気がした。
一方、シャルルに扮した月城が好演した。客足が遠のいたムーランルージュを何とか立て直そうといろいろ策を講じるのだがとんでもないハプニングが起こって……。すべてを失ったシャルルが歌うソロは哀歓がにじみ感動的だった。この場面を見ているとこの作品の主人公、実はシャルルではなかったかとも思う。
鳳月は作家のウィリー。その妻ガブリエルが美園。冒頭二人が登場して、ウィリーのゴーストライターをしているガブリエルがウィリーに引導を渡すところが物語の発端となる。実在の人物で、男尊女卑を絵にかいたようなウィリーを鳳月が、憎々しげにしかし魅力的に演じ、この人の幅広い演技力の確かさを再認識させられた。美園もこの時代には少し早すぎた感のある自立した女性像をはつらつと演じて、ひとまわり大きく見えた。
ウィリーの弁護士ボリスの風間は、今回も芸達者ぶりをいかんなく発揮。ウィリー役の鳳月と絶妙のコンビぶりで客席をおおいに沸かせた。鳳月のセリフに対する風間のリアクションがオーバーだが面白く、鳳月をついつい乗せてしまうあたり抱腹絶倒。ややもするとやりすぎのようにも見えるがとにかく楽しい。踊り子のミス(天紫珠李)が体調を壊し、急きょ舞台に駆り出されるカンカンの場面も見せ場で、センターで踊っているダンサー役の暁千星の素晴らしいダンスのわきで小芝居をする風間に目を離せず、そちらにもスポットがあたるので見る方は忙しいことこの上ない。ぜいたくな面白さだった。
一見、ドタバタ喜劇に見えるが、ストーリーの芯はしっかりとしていて、見終わった後の後味がさわやかなのが何よりだった。フィナーレは暁の歌から始まり、恒例初舞台生39人のラインダンス、滑って転倒した生徒がいたのにはひやりとさせられたが何事もなかったのは幸いだった。続いて珠城と淑女、紳士たちの群舞、珠城、美園のデュエット、パレードで締めくくった。パレードの羽の色が、月城がブルー、美園がピンク、珠城が白で、中間色の鮮やかなトリコロールがグッドセンスだった。珠城は「お久しぶりです。月組は5か月ぶりの舞台。各組の最後になってしまいましたが皆さんにお会い出来て本当にうれしい。きょう舞台に立って、うるっとくるかなあと思ったのですが、うれしさと楽しさがそれに勝ちました。舞台が、宝塚が本当に大好きなんだということが改めてわかりました。本当にありがとうございました」と笑顔満面であいさつ。満員の客席は自然に総立ちとなり、嵐のような拍手を送っていた。公演は11月1日まで。この公演から最前列から5列目まで以外はすべての座席で鑑賞できるようになり、初日は立ち見も出る盛況だった。
©宝塚歌劇支局プラス9月26日記 薮下哲司※校正前の原稿がアップされてご迷惑をおかけしました!訂正版です。
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