©️宝塚歌劇団
真風涼帆、記憶を消された兵士をクールに熱演、宙組公演「フライング サパ」開幕
新型コロナ感染拡大防止のため当初3月30日、赤坂ACTシアターで開幕予定だった宙組公演「FLYING SAPA」-フライング サパ-(上田久美子作、演出)が、4か月遅れの8月1日、会場を変えて大阪・梅田芸術劇場メインホールで開幕した。全世界戦争で住めなくなった地球から新たな星に移住した人々の管理社会を描いた異色のSF、日本の近未来を予見するかのような内容で、くわえてコロナ感染拡大予防で舞台での飛沫拡散に考慮したかのようにトップコンビに歌がなく、フィナーレもなくカーテンコールのみ。内容もさることながら見る者が凍り付くような戦慄の舞台だった。
モノトーンの暗い空間、純白のコート姿の真風涼帆を中心としたクールな群舞シーンが繰り広げられるプロローグから始まる。「―フライング サパ」は、遠い未来、太陽の活動が弱まったことなどから一部の人類が移住したポルンカ(水星)が舞台。人々は総統01(汝鳥伶)の指導のもと、腕に緑色に光る生命維持デバイス「へその緒」を装着、思考、言語、宗教などすべてが管理された社会に暮らしていた。SFなのでまず、この設定を理解したうえで先に進もう。いきなり「クランケ」とか「デバイス」といったセリフが飛び交い、聞き流していると置いてけぼりになるのでご用心。
真風扮するオバクは、過去の記憶を消されたポルンカ政府のスペシャリスト兵士。反政府的なことを考えるだけで人物を特定し摘発する特殊な能力を持っていた。オバクはある日「へその緒」を壊し、自殺を図ろうとする女を検知し、保護する。彼女は総統01の娘ミレナ(星風まどか)だった。ミレナも過去の記憶がなく、オバクに父親の支配が及ばない謎のクレーター“SAPA”に連れて行くように指示する。こうして、オバクとミレナの過去を探す旅が始まる。物語は、記憶を消された二人が過去の記憶を取り戻すことで、二人の過去の関係がうかびあがり、現体制が非人間的な社会であるということがあぶりだされるという展開。
こんなストーリーが、SFらしいシンプルなモノクロトーンの無機質な装置と中間色を多用した衣装、三宅純によるユニークな音楽をバックに繰り広げられていく。スタイリッシュな群舞、コーラスはあるがソロは精神科医ノア役の芹香斗亜が囁くような歌(これがかつての地球の曲という設定でなかなかの佳曲)があるだけで、真風と星風は最後まで一曲も歌わない。まさかコロナ禍を予見したとも思えず、歌よりセリフの力に重きを置いた作者の宝塚歌劇に対する新たな挑戦なのだろうか。ロシアの映画監督アンドレイ・タルコフスキーの名前や小津安二郎監督の映画「東京物語」を見に行く場面が出てきたりしたが、あまり意味を感じなかった。
単純なボーイミーツガールのラブストーリーではなく、徐々に二人の関係がみえてきて、そこから新たなかかわりが始まるというドラマなので、状況説明に時間を取られ、ロマンチックな場面があるわけでもないので歌がないことを忘れてしまいがちでもあるが、歌がないのはやはり寂しい。「月雲の皇子」「翼ある人々」「星逢一夜」「神々の土地」と続いたやや強引なまでのストーリーの紡ぎ手、上田久美子氏の新作だが、設定が大胆なわりには展開に意外性がなく、着地がやや弱い感じ。それだけはいえるだろう。
真風は、記憶を消されて何事にも無気力な兵士オバク役を、アンニュイ感を漂わせながらクールに演じ、存在そのものが役になりきっているという感覚。過去の自分を取り戻していく段階で徐々に、本来の誠実さが垣間見えてくるあたりの表現も自然だった。手足のしなやかな動きはスタイリッシュなダンスに生かされクールの一言。カーテンコールではなくフィナーレとしてきちんとしたダンスナンバーが見たかった。
星風は、総統の娘であることに疑問を感じ、自分の過去を探ろうとするミレナという役どころ。ブロンドのショートカットがよく似合い、真風をリードするくらいのボーイッシュで行動的なところが新しい魅力になっていた。
ポルンカの反政府運動の活動家で精神科医ノアという役どころの芹香は、オバクとミレナがSAPAについてから登場、謎多き人物だが、後半、オバクとミレナに大きくかかわってくる重要な役どころだ。その恋人、ジャーナリストのイエレナに扮したのが夢白あや。真っ黒な衣装がショートカットの金髪によく似合い、見た目の美しさだけでなく、演技も地に足がついてきた感じで強烈な印象を残した。
あとポルンカ唯一の放送チャンネルのキャスター、アンカーウーマン777の瀬戸花まりと総統府の報道官、スポークスパーソン101の紫藤りゅうが口跡のいいセリフで物語の状況説明役として立派に務めを果たしていたのが好印象だった。紫藤の制服姿のりりしさにも注目。戦場荒らしと名乗る少年ズービン役の優希しおんも面白い役だが、演出で生かし切れていないのが惜しかった。
梅田芸術劇場は3月末に「ボディガード」が途中休演になっていらいの再開。入場口に検温機とアルコール消毒液が設置され、チケットは入場者自身がもぎるというスタイル。客席は一席ずつ間隔をあけての着席方式で、定員1800人の約半数の入場。初日は待ちかねたファンで完売、クールな真風に惜しみない拍手が送られた。
ようやく再開した外箱公演、内容的には時期的にあまりにもタイミングが合いすぎて怖いぐらいだが、実のところもう少し宝塚らしい明るいものが相応しかったのではというのが正直なところ。なにはともあれ生の舞台が見られたことを喜びたい。ここ数日、東京、大阪ともに新型コロナ感染拡大が報道されており、この先、決して楽観視はできないが、劇場側、観客側が感染予防のルールを守り、確固とした新しい観劇形式を作り上げていくことを切に祈りたい。「フライング サパ」東京公演は9月6日から15日まで日生劇場で上演される。
©宝塚歌劇支局プラス8月1日記 薮下哲司
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