©️宝塚歌劇団
オリエンタル・テイル「壮麗帝」(樫畑亜依子作、演出)が14日から大阪・梅田芸術劇場シアタードラマシティで開幕
コロナ禍が宝塚に猛威をふるうなか、上演が延期されていた桜木みなと主演の宙組公演、オリエンタル・テイル「壮麗帝」(樫畑亜依子作、演出)が14日から大阪・梅田芸術劇場シアタードラマシティで開幕した。16世紀初頭、オスマン帝国の皇帝スレイマンの数奇な半生を描いた歴史ドラマで、宝塚的にも非常に珍しい題材で興味深く見たが、桜木の皇帝としての堂々たる演技は素晴らしかったが、作品的には芯になる話が弱くてやや盛り上がりに欠けた。とはいえ、コロナ禍で宝塚の公演が激減するなか久々の新作の登場とあって、砂漠に水のようなオアシス的な舞台となったのは確かだ。
プロローグは純白衣装による男女の群舞シーン。舞台中央奥からひときわ豪華な衣装のスレイマン(桜木)が登場、主題歌を歌いながら群舞に加わると、そこはもうタカラヅカならではの華やかな世界。娘役ダンサーがスカートの裾を翻して踊る振りがあでやかそのもの。桜木が舞台前でポーズをとって暗転すると、上手から進行役の宮廷史家マトラークチュ(悠真倫)が現れ、やおらスレイマン一世の人となりを説明、回想からストーリーが展開する。
16世紀初頭といえば日本では室町時代、鉄砲伝来の少し前、世界史的には中世から近世に変わる宗教改革のころで、中央アジアはアナトリア(現トルコ)を中心にオスマン帝国が絶大な勢力を拡大していた。スレイマンは第10代皇帝で、40年にわたる在位で「壮麗帝」の異名がある。まあ大変立派な皇帝だったわけだが、突然、街中に現われて庶民の生活を覗き見るというような「暴れん坊将軍」のような親しみやすい面もあったといわれている。
元奴隷イブラヒム(和希そら)を小姓に起用、二人でひそかに街を訪れたスレイマンは、ルテニア(ウクライナの一画)から売られてきた娘アレクサンドラ(遥羽らら)と出会い、不思議な縁を感じて奴隷商人から買い上げる。イブラヒム、アレクサンドラとスレイマンとの出会いがさらりと描かれて物語は本筋へ。
イブラヒムはスレイマンの右腕的な存在に成長、大宰相として国の運命を左右する存在になり、アレクサンドラはハレムにスレイマンの側室の一人として献上され、ヒュッレムの名前をもらいスレイマンの寵愛を受ける。奴隷だった男が宰相に、奴隷だった女が正式な妻に、といずれもこれまでの宮廷の常識を覆す破格の人事を敢行したスレイマンの独断的な言動は周囲にさまざまな波紋を呼び、国をゆるがす一大事につながっていく。
とまあ、破天荒な皇帝のお話。アナトリアとかルテニアさらにはマニサ(トルコ西部エーゲ海沿岸の都市)サファヴィー(イラク方面の王国)など聞きなれない地名が続出するので、ある程度、場所の位置関係を頭に入れておくことをお勧めしたい。またオスマン帝国では、側室が男子を生むと、皇位継承の一人だけを残してあとは抹殺するという驚くべき習慣があることもドラマの大きな要素となっている。それらを理解したうえで見るとさらに楽しめるだろう。
舞台では、それらをセリフで説明するため、なんだかよくわからないうちに物語が進むという結果になった。スレイマンとイブラヒムそしてアレクサンドラの3人の微妙な関係を中心に人間としての皇帝スレイマンを描こうという狙いのようだが、情報量が多すぎて状況を説明的に追うだけで全体的に掘り下げが浅く、ラストの悲劇的結末が一向に盛り上がらなかった。スレイマンとイブラハム、スレイマンとアレクサンドラ、別々の話を並列に描いたためにストーリーのバランスが崩れたのが原因か。どちらかに絞った方がさらにドラマチックになったと思う。面白い題材だけに惜しかった。
スレイマンに扮した桜木は、豪華な宮廷とヒゲにも助けられてはいるものの、鋭い真っすぐな視線が、皇帝としてのゆるぎない存在感を巧みに表現していてずいぶん骨太の印象、甘い二枚目といったイメージから脱皮、男役として貫禄さえ感じさせた。作品への思いが体全体からほとばしっていたようだった。ラストのイブラヒムに対する驚きの決断も、きちんと納得できるものがあった。桜木にとって、いろんな意味で試練の公演だっただろうが、たとえ5日間のソーシャルディスタンス形式の公演とはいえ、実現できてよかったと心から思いたい。
スレイマンが寵愛するアレクサンドラの遥羽は、2012年初舞台の98期生。宙組トップ娘役の星風まどかより二期上級生。新人公演で二度主演し「不滅の棘」でもヒロインを演じていて、その実力は徐々に花開いており、今回はロシアのへき地から奴隷としてトルコに連れてこられ、街中にいたスレイマンに国王とは知らずに助けを求め、スレイマンが一目でその不思議な魅力にひかれるだけの強烈な個性の表現がなかなかうまくいっていて娘役としての成長をうかがわせた。ハレムで女性としての教養に磨きをかけ、ハレムの慣習に疑問を感じ、スレイマンにストレートに進言するあたりも一貫性があって、芯のある女性像を的確に演じた。何より中央アジアの豪華な宮廷衣装がよく似合い、ヒロインとしての華やかさがあるのが何よりだった。ちなみに実在の人物である。
スレイマンの右腕的な存在イブラヒムの和希は実質二番手、遥羽とほぼ同等の役どころでこちらも実在の人物。スレイマンの頭脳とまでいわれたイブラヒムが、スレイマンの窮地を救うために動いたことが裏目に出てしまい悲劇の結末を迎える。苦悩の思いを歌う二幕のソロに感情がこもり聴かせた。ダンスでも見せ場が多く、主役の桜木をがっちりサポートしている。フィナーレの桜木とのデュエットも含めて劇団の期待がビンビン伝わるおいしい役を好演した。
専科の悠真が絶妙の案内役だったことはいうまでもないが、ほかにスレイマンの妹でイブラヒムの妻ハティージャの天彩峰里、オスマン帝国の宰相だったがスレイマンの不興を買い隣国に逃れたアフメトの鷹翔千空が印象的な役どころを適役好演。スレイマンの第一夫人マヒデヴラン(秋音光)との長男ムスタファの成人時代を演じた風色日向も悲劇の皇太子役をはかなげに好演した。皇太子といえばメフメトに扮した水音志保の美少年ぶりも目を見張った。
フィナーレは和希をセンターにした黒燕尾の男役とドレス姿の娘役の群舞から始まり、途中から桜木が加わり和希と妖しいデュエット、和希が抜けて娘役との群舞になったところで遥羽が登場、二人のデュエットになるという展開。コンパクトながらこれぞタカラヅカといった華やかなフィナーレだった。
ところで宝塚大劇場花組公演「はいからさんが通る」は休演期間がさらに延びて8月31日まで、8月17日から梅田芸術劇場メインホールで開幕予定だった雪組公演「炎のボレロ」もとりあえず上演を見合わせると発表された。公演日程を改めて調整するという。新型コロナの猛威はいったいいつまで続くのだろうか。これまでどおりのいつもの劇場が一日も早く戻ることを祈りたい。
©宝塚歌劇支局プラス8月14日記 薮下哲司