新人公演プログラムより抜粋転載
碧海さりお、桜庭舞 星組フレッシュコンビによる「眩耀の谷」新人公演
新型コロナウィルスの感染拡大による政府の要請に呼応して宝塚歌劇の公演もついに29日から中止という最悪の事態に陥った。宝塚の長い歴史の中でも疾病による休演というのは聞いたことがなく、一刻も早い収束が望まれるが、中止直前の25日、碧海さりお、桜庭舞という、それぞれが初主演となった星組フレッシュコンビによる、幻想歌舞録「眩耀の谷」~舞い降りた新星~(謝珠栄作、演出、振付)新人公演(野口幸作担当)が、宝塚大劇場で開かれた。
礼真琴、舞空瞳の新トップコンビのために謝氏が書き下ろした公演の新人公演で、碧海、桜庭はどちらも初主演、碧海は研5のホープ男役だから納得の配役だが、桜庭は本公演で主演している舞空より上級生という珍しい新人公演。本公演の主演者より上級生が新人公演で主演した例としては、2011年雪組の「ロミオとジュリエット」新人公演で本公演に主演した舞羽美海、夢華あみ(現・則松亜海)より上級生だった愛加あゆが主演したことがあったぐらいだろう。ほかには最近ではちょっと思い当たらない。桜庭は「ロックオペラモーツァルト」で好演、今公演ではショーのエトワールにも抜擢されていてこのところ急上昇中のホープ娘役だ。そういう意味ではこの二人は年次には関係なくフレッシュな組み合わせで、実際、清新で見ごたえのある舞台となった。
「眩耀の谷」は、紀元前800年ごろの中国。将軍の命で、ブン族の聖地「眩耀の谷」探索に赴いた大夫、丹礼真は、謎の男の導きで谷を突き止めるが、そこで出会ったブン族の姫、瞳花から思いがけない事実を聞かされる…。信じていたものの汚れた一面を知ったことから理想と現実のギャップに葛藤する青年の姿を描いた成長ドラマ。新トップ披露らしいさわやかな作品だ。碧海、桜庭という初主演コンビにとってもうってつけの作品になった。
碧海は、それほど上背があるとは思えないのだが凛とした立ち姿で大きく見せるすべがあり、男役としての基本的な存在感があった。そのうえセリフに切れがあり、地に足の着いた落ち着いた演技で安定感があった。歌唱もクリアだが、身体全体を使っていないのか声質がやや薄く聞こえた。訓練をすればさらに深みが出ると思う。何色にでも染められる可能性があって、これからが楽しみな存在だ。
瞳花役の桜庭は、冒頭の中国舞踊のしなやかで大きな動き、高音までよく伸びる歌唱の充実ぶり、丁寧な演技とヒロインとしてはほぼ満点。宝塚のヒロインとしては異例の幼子の母という設定であることから落ち着いた大人の雰囲気も必要とされる難役をこれまでの蓄積をフルに発揮して好演した。本公演の舞空とは一味違った瞳花を体現できていたと思う。
すでに新人公演の主演を経験している極美慎が丹礼真の上司、管武将軍(愛月ひかる)天飛華音が謎の男(瀬央ゆりあ)という配役。両方とも芝居上では非常に重要な役だが、一度、センターで芝居をした経験は、脇に回った時に大きく花開くというセオリーは今回も生きていて二人とも余裕たっぷりで貫禄すら感じられた。天飛の硬軟自在の演技に味があったが、極美のマントさばきなどの立ち居振る舞いに威圧感のようなものまで感じられ、見せ方のうまさの成長ぶりに目を見張った。
他では礼真を裏切って密告する部下、慶梁(天寿光希)を演じた咲城けいの丁寧な芝居に注目。ブン族の仲間たちで若手ホープたちに役が付いているが、名前を呼び合っているもののどの役も大した役ではなく、よく似た衣装で遠目では見分けがつかず、次回の新人公演に期待したい。
ほかでは語り部の春崇(有沙瞳)に扮した瑠璃花夏が華のある舞台姿で魅力的だった。冒頭、セリフがやや聞きづらくはらはらしたが、後半は立ち直り、立派に締めくくったのはお手柄だった。あと巫女、敏麗(音波みのり)の水乃ゆりも役にピッタリで美貌が冴えた。
本公演は27日現在で、29日から3月8日まで休演が決まり、3月9日の千秋楽はいまのところ上演の予定。ずいぶん変則的な公演となっている。
©宝塚歌劇支局プラス2月27日記 薮下哲司