©️宝塚歌劇団
鳳月杏、本領発揮!初のドラマシティ公演主演「出島小宇宙戦争」開幕
月組の人気スター、鳳月杏を中心にしたデジタル・マジカル・ミュージカル「出島小宇宙戦争」(谷貴矢作、演出)が8日、梅田芸術劇場シアター・ドラマシティで開幕した。地球によく似た星の日本にそっくりな国の長崎出島を舞台に地図をめぐって繰り広げられるドタバタ劇、コミック世代らしいぶっとんだストーリーだが、作り手が楽しがっているほど観客が楽しめたかどうかは別問題で、これを楽しめる人はかなり柔軟な頭脳の持ち主といえそうだ。
舞台はパラレルワールドの出島。外国人に紛れ宇宙人が忍び込んでいるという噂が蔓延したため、公金を使いこんで捕えられていた宇宙研究の第一人者カゲヤス(鳳月)に潜入捜査の白羽の矢が立ち、宇宙人の狙いが自分の隠し持つ日本地図だと聞き、樺太を探検したリンゾウ(暁千星)とともに出島にやってくる。そこで奇妙な外国人シーボルト(風間柚乃)や不思議な遊女タキ(海乃美月)と出会って……。カゲヤスが高橋景清、リンゾウが間宮林蔵といった具合に実在の人物がいて日本地図に関しての権謀術数が展開するというストーリー。このあたりは実際の歴史にもあって興味深いところなのだが、これをパラレルワールドのフィクションにしたところがミソ。ただ、これに何の意味があるのか理解不能。そんなことに関係なく理屈抜きに楽しめる人はいいのだが、最初にひっかかると作品世界に入っていけず、ずっと置いてけぼり状態になる。なんだかもどかしさいっぱいの作品である。
もちろんこれは作劇上の問題であって、鳳月ら出演者には何の責任もなく、思い切りはじけて演じている彼らをみているだけで十分楽しめる。とりわけ鳳月のカゲヤスがビジュアルの作り方といい、反権力の自由人的な役づくりといい、男役としてとにかく魅力的で、花組から古巣月組に里帰りしてひとまわり大きくなった感ありあり。この不思議な舞台が宝塚の舞台として遊離しなかったのは彼女一人の強烈なインパクトでかろうじてつなぎとめているといった感じさえした。花組時代にバウで主演した時とは比べようがないくらいの成長ぶりだった。月組でこれからどんな活躍の場があるかおおいに注目したい。
リンゾウ役の暁も、カゲヤスとは幼馴染でみかけはさわやかそうだが、常に腹に一物ある卑屈な感じをうまくだした好演。これまでにないキャラクターで彼女も一皮むけた感じがする。クライマックスの鳳月との一対一の対決もみごたえがあった。
風間が扮したシーボルトは、耳を「スタートレック」のスポックのようなとんがった形にしてみるからに宇宙人的に作りこんだエキセントリックさで登場。せりふも外国語なまりをうまく使いこんで風間ならではの怪演で各場をさらう。ただ、熱演のわりにはドラマにうまく役がはまっておらずやや空回りの感も。なんとももったいない限り。しかし、番手的にはこの公演の三番手に昇格。いまや飛ぶ鳥を落とす勢いといったところ。
ヒロイン的存在は長崎の元遊女として登場するタキ役の海乃だが、この役には実は…という仕掛けがあって、これは見てからのお楽しみ。天文学や宇宙人という発想から月がひとつのテーマになっていて、それがタキの出自のヒントになっている。従来の宝塚的娘役とは一線を画した自立するヒロイン像で、それはそれで面白い存在。さまざまなヒロインを演じてきた海乃にふさわしい役どころを楽し気に演じていた。
御園座「赤と黒」にメインメンバーが出演、若手メンバーが結集した形の公演で、ほかにも幕府側の役人コンビに歌舞伎メイクの紫門ゆりやと英かおと。チョウエイ役の彩音星凪、シーボルトのメイド、ヘレーネ役の蘭世惠翔ら期待の中堅、若手が脇を固めている。なかでは英のすっきりした二枚目ぶりがここでも映えた。ほかにも江戸と出島の市井の3人組、白雪さち花、春海ゆう、佳城葵のご当地弁をふんだんに使いこなした軽妙な会話が楽しめた。
フィナーレは海乃を中心とした娘役群舞からはじまって鳳月を中心とした男役の燕尾服の群舞と続き、これがなかなかスタイリッシュで決まった。作品のもやもや感がこのフィナーレで一気に吹っ飛んだ。これも宝塚を見る面白さだろう。
©宝塚歌劇支局プラス2月11日記 薮下哲司