明日海源氏、りりしく美しく 「新源氏物語」開幕
花組トップ、明日海りおが、光源氏を演じる宝塚グランドロマン「新源氏物語」(柴田侑宏脚本、大野拓史演出)が2日、宝塚大劇場で開幕した。今回はこの模様を中心に報告しよう。
紫式部原作の「源氏物語」は、宝塚でも再三上演されており、日本文学の中でも一番数多く上演されている人気演目となっている。絢爛豪華な平安時代の王朝絵巻は宝塚にぴったりで、とりわけ春日野八千代が光源氏に扮した白井鐵造演出バージョンの評価が高い。今回の「新源氏」は、オスカルやレット・バトラーで人気となった榛名由梨のために、柴田侑宏氏が田辺聖子の現代語訳をもとに脚本化した作品。1981年の初演のあと1989年に剣幸で再演、今回はなんと26年ぶりの再々演となった。この間に大和和紀原作、草野旦演出による「源氏物語あさきゆめみし」(2000年、2008年)が上演されている。
草野版が、光源氏の後半生にスポットを当て、因果応報をテーマにモダンなミュージカル作品に仕立て上げていたのに対し、この柴田版は、光源氏17歳から後半生まで、膨大な原作をほぼ網羅したダイジェスト版。寺田瀧雄作曲の名曲「恋の曼陀羅」に乗せて「雨夜の品定め」や「車争い」など名場面をちりばめながらひたすら絵巻物のようにテンポよく展開していく。ただ、あまりにも登場人物が多く、複雑に入り込むので、ある程度原作を知っていても、見ながら思い出して人物関係を頭の中で整理していくだけでも並大抵のことではない。この際、途中で放棄、明日海源氏の美しさをただただ眺めているだけでいいのではないだろうか。光源氏が父親の後添えの藤壺(花乃まりあ)を慕うあまり、その姪にあたる紫の上(桜咲彩花)にその面影をみて恋人に仕立て上げるという基本を押さえておけば、あとはひっついただの別れただの大した話ではない。ただいくら明日海源氏が美しく眺めるだけでいいからと言って、登場人物の誰にも感情移入できないのはいかがなものか。そこが「新源氏」の一番の欠点だろう。「あさきゆめみし」が藤壺と紫の上をワンキャストにするという大胆な発想で、光源氏の思いを巧みに表現していたが、「新源氏」は、あくまで光源氏の視点で描かれているので、女性陣の描きかたがどれも中途半端だ。六条御息所(柚香光)も同じことならもっとおどろおどろしく作ってもよかったかと。けっこうあっさりした印象だった。とはいえ、大階段に真っ赤な毛氈を敷き詰めてのオープニングの王朝絵巻パレードの豪華さはじめ、久々に宝塚の王朝絵巻をみられただけでもよしとしよう。
さて、明日海源氏だが、情熱的な光源氏にという本人の意気込みにふさわしく、りりしく美しいなかにも、芯のある役作りで、いかにも明日海らしい光源氏だった。銀橋中央で後ろ向きから振り向きざまに登場するオープニングから匂い立つような美しさで魅了した。欲を言えば、前半と後半で10年以上がたっているのだが、その辺の時間経過があまり感じられなかったので、その辺の工夫があればさらに深まると思う。
芹香斗亜は、光源氏の随身、惟光役。原作ではそれほど大きな役ではないが、柴田版では二番手のおいしい役どころで、笑いを取るコメディリリーフ的な役割も担う。いまの芹香にはぴったりの役どころで、オープニングのソロの好唱とともに印象付けた。
とはいえ今回の若手男役で一番の話題は六条御息所と柏木の二役に起用された柚香光だろう。「あさきゆめみし」では水夏希が、明石の上に扮したが、嫉妬に狂う六条御息所はそれ以上に面白い配役だろう。柚香がどんな風に演じるのかとおおいに期待したが、凛としたたたずまいはよかったが、メイクが割とストレートで「あさきゆめみし」の貴柳みどりが演じたときよりずっとソフトに見えた。それはそれでいいが、それなら柚香が演じる意味がなかったのではないか。もっと強烈なインパクトがほしかった。幻想シーンもしかり。ただ、柏木役は、さすがに生き生きとしていて、女三ノ宮との濡れ場など水を得た魚のようだった。
頭中将は瀬戸かずや。源氏の親友で、2人で舞う場面もあり、明日海をしっかりサポートしていた。柚香の柏木とともに後半で登場する夕霧は鳳月杏。明日海源氏の息子というにふさわしい若々しさを発散させていた。
一方、娘役陣にも役が多いのが「新源氏」の特徴。藤壺の花乃はしっとりとした大人の女性を、紫の上の桜咲は源氏の理想の女性を奥ゆかしくそれぞれ好演、それ以外の娘役陣で光源氏にからむのは葵の上が花野じゅりあ、朧月夜が仙名彩世、女三ノ宮が朝月希和といったところ、あと中将の君が華雅りりか、夕霧の恋人、雲井の雁が城妃美伶だがどれも花野以外はほとんどワンポイントで特に印象に残らず、藤壺に仕える王命婦に扮した芽吹幸奈の達者な演技が際だった。
あと桐壷帝の汝鳥伶、弘徽殿の女御の京三紗はいうまでもない名演。京は89年の「新源氏」でも同じ役で出演していた。
一方、グランドレビュー「Melodia-熱く美しき旋律―」(中村一徳作、演出)は、50分のコンパクトなショー。全体的にラテン色が強く、情熱的な明日海のさまざまな魅力がふんだんにみられるが、柚香の歌から始まって全員が真紅の衣装で総踊りに発展する中詰めのスぺインの場面が印象的。鳳月の女役がなんともいえず魅力的だった。芝居ではあまり見せ場のなかった水美舞斗がフィナーレで舞台中央からで踊りながら登場、銀橋でソロを歌い、ラインダンスにつなぐ役をになった。伝統的な二枚目の雰囲気と現代的な独特の個性があり、ますます楽しみな存在だ。明日海を中心とした黒燕尾のダンス、花乃とのデュエットダンスに続くパレードのエトワールは乙羽映見が病気休演のため仙名彩世がピンチヒッターで美声を聴かせ、柚香が三番手羽を背負って階段を下りた。
©宝塚歌劇支局プラス10月5日記 薮下哲司
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