©宝塚歌劇団
珠城りょう主演、ウィーン発新作ミュージカル、月組「I AM FROM AUSTRIA」開幕
日本オーストリア友好150周年記念と銘打った新作ミュージカル「I AM FROM AUSTRIA」-故郷(ふるさと)は甘き調べ―(斎藤吉正潤色、演出)が、4日、宝塚大劇場で開幕した。「エリザベート」や「モーツァルト!」と同じウィーン劇場協会制作による新作の日本初演で、前2作とはタッチが異なった軽いミュージカルコメディで、オーストリアのヒット曲でつづったカタログミュージカルだ。
週初めに花組・明日海りおの退団フィーバーがあったばかりの大劇場だが、週末には早くも月組が初日を迎え、宝塚にまた新たな日常が始まった。今回の月組公演は、前回の東京公演中に舞台装置のアクシデントで怪我を負って休演していた月城かなとが、退団した美弥るりかに代わって二番手として元気に復帰したのをはじめ、鳳月杏が5年ぶりに花組から月組に里帰りするなど話題も豊富。しかし、未知なる新作であることとサヨナラ公演が続いてファンにも疲弊感がつのったことなどでチケットの売れ行きが伸び悩んでいると聞いていたのだが、初日は立ち見も出る人気。ウィーンのスタッフも見守る中、笑いの絶えない明るい初日となった。
開幕5分前、緞帳が上がると、珠城りょうと美園さくらの似顔絵に「5 minutes to go」の吹き出しがついたコミックが現れ4、3、2、1とカウントダウン。1になったところで似顔絵が本人の映像になっていよいよ開幕。のっけから遊び心満載で、何やら楽しそうな予感。華やかなオーバチュアのあと映像による出演者の紹介があって、幕が開くとそこはウィーンのホテル・エードラーのフロントロビー。世界的人気を誇るオーストリア出身のハリウッド女優、エマ・カーター(美園)がお忍びでやってくるというのでホテルの女社長ロミー(海乃美月)や御曹司のジョージ(珠城)はじめ従業員はてんてこまいの大忙し。ところが従業員の一人フェリックス(風間柚乃)がエマ来訪をSNSに投稿してしまったことから、パパラッチが大挙押し寄せ、大騒動になってしまうというのがドラマの発端。
老舗の四つ星ホテルというには、いっこうにゴージャス感がないのが珠にきずだが、ホテルのあわただしい感じはなかなかうまく出ていて、マネージャーのリチャード(月城)とともにエマ(美園)が現れ、ジョージと顔を合わせるまでのテンポも快調。
お忍びがばれてホテルを変えるというエマを引き留めようとホテル特製のトルテを持参して部屋を訪問したジョージに食って掛かる場面が二人の最初の出会い。紆余曲折があってめでたしめでたしという典型的なラブコメで、「エリザベート」にひっかけたギャグがあるかと思えば「ローマの休日」風や「ミー&マイガール」風の場面やら、これまでみたことのあるシーンをあちこちに散りばめながらコミカルに展開していく。単純なストーリーなのだが、バラエティー豊かなミュージカルナンバーを次々に矢継ぎ早に投入、二幕構成二時間半をあかせなかった。二幕後半、二人がヘリコプターでウィーンの街並みを飛行するスペクタクルシーンがちょっとしたみものだった。
タイトル通り、オーストリア人によるオーストリア人のためのオーストリア讃歌で、日本人にはいまひとつぴんとこないところはあるものの、だれにとっても故郷は美しく懐かしいものであるというテーマは理解できた。新作とは言うものの懐かしい雰囲気がするのはそういうことだろう。ひとつ気になったのは、エマのマネージャー、リチャード役の月城が、ジョージのことを「ウィンナー野郎」と連発すること。これは「ウィンナーワルツ」というように「ウィーン」を意識してのことなのだが、舞台ではソーセージの「ウィンナー」ともひっかけてあり、こうなると英語のスラングでは「へなちょこ」など別の意味があるので、老婆心ながらここは「ウィーン野郎」の方がいいような気がした。
珠城が演じた、その「ウィンナー野郎」ジョージは、「カンパニー」の主人公、青柳誠二の延長線上のような明るくまじめな現代青年役。珠城の自然体風のさわやかな男役演技がぴったりはまって快調。両親に内緒でひそかにホームレスを支援しているという設定もピュアな心根がにじみ出た。
相手役の美園は、わがままなカリスマ的人気女優という設定。ペネロペ・クルスあたりを意識したつくりがよく似合っていた。普段の宝塚の娘役歌唱では歌えない楽曲が多く、地声から裏声に入る歌唱が巧みで歌の実力を再認識させてくれた。
マネージャー役の月城は、金の亡者のようなちょっと嫌味な役だが、少々オーバーに作りこみ、怪我の後遺症を全く感じさせない軽快な動きで快演した。フィナーレのせり上がりでは初日の客席から祝福の大きな拍手がわきおこり、感動的な復帰ステージとなった。
5年ぶり月組里帰りとなった鳳月は、ジョージの父親ヴォルフガング役。母親ロミー役の海乃美月と夫婦役で、この二人もこの舞台では重要な役割を占めていて「ミー&マイガール」でいえばジョン卿とマリア侯爵夫人にあたる。大人の味を出せる二人が演じることで舞台に華やかさと深みが出た。まさにグッドジョブだった。
暁千星が演じたアルゼンチンのマッチョな人気サッカー選手、パブロがゲイであることが分かるのが今風のミュージカル。暁がそのへんを突き抜けて楽しんで演じているのが面白い。始まって45分間してからの登場になるが、登場シーンのド派手なダンスナンバーもみものだ。実はその前にお菓子工房の場面でもカメオ出演しているのでお見逃しなく。
ホテル従業員でジョージの親友という設定のフェリックスに扮したのが風間。実はこのフェリックスの失態からこのドラマが始まっており、彼によってドラマが進むなかなか重要な役。後半にもあっと驚く結末が待ち受けている。すっかり月組の重要な戦力になった風間が舞台全体のスパイスを効かせていたに。
ワンポイントだが印象的だったのが、鳳月パパが珠城に聞かせる海乃ママとの若かりし頃の回想シーン。鳳月の影を蘭尚樹、海乃の影を叶羽時、海乃の恋人ヨハンに扮した英かおとが繰り広げるダンスシーンがなんとも幻想的で、宝塚ならではのミュージカル処理がムードを盛り上げていた。
親切すぎるホテルのコンシェルジュに扮した光月るう組長の珍しい女役やオリジナルにはない夏月都副組長のエマの母親役など脇のベテランの見せ場も十分。そのほかの若手もアンサンブルで大忙しだった。
フィナーレは主題歌を中心にリフレイン。月城の歌のあと暁がラインダンスのリーダーになってはつらつとしたところを見せ、続いて珠城を中心にした黒の帽子に真っ赤な衣装といったいでたちで踊る男女のスタイリッシュな群舞シーンと続いた。ラストはもちろん珠城とせりあがった美園の華麗なデュエットダンス。短いながらもエッセンスを詰め込んだフィナーレだった。宝塚ならではの豪華な締めくくりにウィーンのスタッフも総立ちで惜しみない拍手を送っていた。
©宝塚歌劇支局プラス10月5日記 薮下哲司