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花組トップスター明日海りおのサヨナラ公演始まる
花組トップスター、明日海りおのサヨナラ公演、MUSICAL「A Fairy Tale」―青い薔薇の精―(植田景子作、演出)とレヴュー・ロマン「シャルム!」(稲葉太地作、演出)が23日、宝塚大劇場で初日を迎えた。2014年6月中日劇場公演「ベルサイユのばら」フェルゼン編以来、明日海の5年半にわたる宝塚のトップスターとしての終止符を打つ公演とあって、チケットは全期間完売、大劇場入り口付近ではキャンセルチケットを求めるファンの姿があふれ。久々にサヨナラ公演初日独特の熱気に包まれた。
「A Fairy―」は19世紀半ば、海外から持ち込まれた珍しい植物が一大ブームになっていたころのロンドンを舞台にした青い薔薇にまつわるファンタジックなストーリー。花が咲かなくなった薔薇園の再生を依頼された植物学者ハーヴィー(柚香光)の前に、青い薔薇の精(明日海りお)が現れ、その薔薇園で花が咲かなくなったのは、薔薇園の持ち主だった子爵の娘シャーロット(華優希)という少女と自分が恋をしたのが原因だと明かされる。薔薇園を再び花で満たすにはシャーロットを見つけ出し、彼女に忘却の粉をふりかけないといけないのだという。疑心暗鬼にかられながらもハーヴィーはシャーロットを探しだそうとするのだが…。ざっくりいえばこんなストーリー。
19世紀のイギリスらしい雰囲気をたたえた衣装や装置が凝っていて、母親からおとぎ話を聞く少女たちの姿を点描したオープニングから植田景子作品らしい繊細な舞台。明日海は人間ではない妖精としてミステリアスな存在として登場、その姿はたとえようもなく美しく、この世のものとは思えない雰囲気をたたえる。ただ薔薇園を再生するという以外にはストーリーらしいストーリーがなく、過去の話にもドラマチックさが欠けていて、これで1時間40分はかなりつらかった。妖精役の明日海は、ハーヴィー以外の出演者には見えないという設定なので、後半はほぼ舞台にいて芝居を見守っており、ずっと舞台にはいるので、明日海の妖精姿をふんだんにみられるのは至福なのだが、芝居にからまない主役というのも見ていてもどかしかった。
明日海りおという稀有な個性の魅力をいかにうまく引き出し、大劇場で息づかせるか、スタッフが日夜さまざまなアイデアを持ち寄って考えに考え抜いた結果がこれなのだろう。妖精という設定や豪華な衣装など、着想は抜群だったのだが、内容になんというか大胆な発想がなく、なにより明日海、柚香の関係性が薄く、柚香の役自体に面白みがないのもドラマとして薄味になった要因か。
とはいえ明日海の妖精は別格的な存在感。シャーロットに忘却の粉を振りかけるために50年間さまよっていた妖精の哀しみを身体全体ではかなげに表現、退団公演に彩を添えた。ラストに圧倒的な歌唱力を存分に発揮するビッグナンバーがあり、それまでのうっぷんを晴らしてくれるのがなによりだった。
ハーヴィーの柚香、シャーロットの華以外には、気が付けば瀬戸かずやが扮するヴィッカーズ商会のやり手社長、水美舞斗扮するハーヴィーの叔父ニックぐらいしか大きな役がなく、ほかに印象的だったのは持ち前の美声をふんだんに聞かせてくれた謎の貴婦人役の乙羽映見くらい。城妃美伶はシャーロットの母親役だが前半の回想シーンのみ、妖精グループの白い薔薇の精に扮した聖乃あすかがことあるごとに登場して踊り、その美貌が際立ったが一言のセリフもない。
柚香の二番手としての力量、華のヒロインとしての華やかさ、役的にはどちらも不満が残るものの明日海最後の舞台で二人が存在感を発揮できたことは頼もしく、今後の新生花組への期待につなげた。
「シャルム!」は、パリの地下に張り巡らされた地下世界を舞台につづる、都会的でおしゃれなショー。前回の紅のさよなら公演のショー「エクレール・ブリアン」があまりに素晴らしかったので、少々分が悪いが、稲葉氏のこの新作レビューは明日海のさよなら公演ということをそれほど意識しない、かわったテイストのレビューだった。
マンホールから現れた少女フルフル(華)の誘いによって優波慧はじめ綺城ひか理ら若者たちがマンホールの中に足を踏み入れたことから、パリの地下世界でのレビューが展開していく。地底のグランパレでは深紅のクジャクの紳士(明日海)が黒い羽扇を持ったクジャクの紳士、淑女たちに囲まれて豪華絢爛に歌い踊る。この地下世界がアールデコ風の両階段があるなかなかおしゃれなつくりで、ブルーのライトに照らされた舞台空間がなんとも悩ましい。地底の舞踏会は延々と続き、地下世界とは思えない絢爛豪華な中詰めに発展していく。後半もレジスタンスの場面から意外な展開を見せ、このあたりからようやくサヨナラモードに入る。やはりフィナーレの黒燕尾のダンスが一番の見せ場で、明日海がソロで踊る場面が目に焼き付いた。細くしなやかな身体のどこからこんなパワフルさが生まれるのだろうか、最後の最後まで宝塚愛にあふれた明日海の笑顔がさわやかだった。
©宝塚歌劇支局プラス8月24日記 薮下哲司