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映画「新聞記者」「主戦場」「COLD WAR」に思う

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映画「新聞記者」「主戦場」「COLD WAR」に思う

 

「新聞記者」「主戦場」そして「COLD WAR」ちょっと硬派ですが、今、見てほしい3の映画を紹介しましょう。

 

「新聞記者」6月28日公開

 

東京新聞の望月衣塑子記者の同名原作をベースにした映画「新聞記者」(藤井道人監督)が28日から全国ロードショー公開されます。安保法制の強行採決、森友・加計学園問題のもみけしと首相官邸の横暴が目に余る昨今、官邸にとって都合の悪い記事を書くメディアへの締め付けがますます厳しくなっていますが、この映画は、政府が極秘裏に進める大学建設の真の目的をスクープしようとする記者とメディアをコントロールする官邸の内部情報調査室(略称・内調)の攻防を描きながら、内調の恐るべき実態を暴いた問題作です。

 

望月記者自身を思わせるヒロインの東都新聞社会部記者、吉岡には韓国のトップ女優、シム・ウンギョン。映画は、東都新聞に匿名の人物から「医療系大学の新設」に関する極秘公文書がファックスされてきたことから始まります。吉岡が取材を進める中で内閣府の神崎(高橋和也)という人物が浮かび上がりますが、神崎が謎の投身自殺をしたことからストーリーは大きく動きはじめます。ヒロインと対峙するのは神崎の元部下で現在は内調に所属、官邸に都合の悪い事件のもみけしやスキャンダル捏造などの仕事をさせられている杉原(松坂桃李)。フィクションですが元文科省事務次官、前川喜平氏を思わせる事件も登場するなど、映画は、霞が関の渦中にいるような臨場感のなかで生々しいドラマが展開していきます。

 

政府首脳や官僚はじめ実名は一切出ませんが、ついこの間、見聞したばかりの事件に似たケースがそこここに登場、見る人の頭のなかには現首相が自然と浮かびあがるようになっていて、フィクションと現実の区別がつかなくなっていく。このあたりなかなか見事な脚本です。

 

内調のオフィスにはパソコンを前にしたエリート調査員がずらり席を並べ、上司から指示された情報操作をツイッターやネットに一斉に投稿します。右を左、白を黒、個人攻撃などなど、平気でうそを書き込んでいくのです。内調のトップは警察官僚、働いているのは各省庁から出向してきた国家公務員。すべて税金によって給料が支払われている人たちです。これには見ていてぞっとしました。さまざまなところですでに常套手段にはなっていることはわかっていても、政府主導で思想誘導していくさまを映像で見せられると、スマホの料金体系を見直すという声の裏にはこういうことがあったのだと妙に納得できました。

 

吉岡は日本人の父親と韓国人の母親の間に生まれ、アメリカで育った帰国子女という設定。父親も記者で、スクープ記事が誤報と断定され自殺したといういきさつがあります。後半にこのことが大きくかかわってくるのですが、ややわかりにくく、これはないほうがすっきりしたのかなあとも思います。とはいえシム・ウンギョンの目に力の宿った演技が新鮮でした。いろんなタイプの記者を見てきましたが、吉岡は、仕事に真剣で、筆力もあり、語学が堪能な優秀な記者という印象。記者会見での発言シーンがなかったのが残念でしたが、同僚記者からも取材対象者からも一目置かれ、心を許せるというまれな記者です。そんな吉岡をシムが過不足なく演じ切っています。

 

松坂が扮した杉原は、外務省から出向で内調に勤務、上司の指令の元、黙々と仕事をこなしていますが、元上司の神崎の自殺に内調がかかわっていたことを知って、理想とは異なる公務員の仕事に疑問を持ち始め、吉岡に協力しようと決意しますが、家族を前にしてそれが揺らぎます。杉原の「ごめん」というセリフが二重に効いています。

 

この「ごめん」が「家族を守るためには人殺しもいとわない」浅田次郎原作による雪組公演「壬生義士伝」(石田昌也脚本、演出)の世界観につながってきます。「己の義」とかいくら言葉をオブラートで包んでも、この世界観は「戦争肯定」につながる危険をはらんでいます。愛する子供のため、家族のために、相手の人間性なんて全く二の次。ただ、それを忸怩たるものと思うか、平気で人を踏みにじるかの違いはあると思いますが。

 

「主戦場」上映中

 

一方、戦時中の日本軍の慰安婦問題をテーマにしたドキュメンタリー「主戦場」(ミキ・デザキ監督)が、全国各地でロングラン上映中です。この映画にコメント出演した日本会議系の出演者たちが名誉棄損などで提訴、上映禁止を訴えていることで逆に火がついて公開一か月以上たっているのに連日満員、公開劇場がさらに増える勢いです。

 

こちらは、日系二世の映像作家が、サンフランシスコなどアメリカ各地で建設が進められている韓国人少女の慰安婦像とそれを撤去しようとする日系人の諍いに興味を持ち、慰安婦問題について正反対の意見を持つ人々に平等にインタビュー、日本のみならず世界の従軍慰安婦の実態に言及したドキュメンタリーです。取材過程で浮き上がった1937年の南京大虐殺有無の論争、アメリカ政府による日本の再軍備化への道が着々と進んでいる様子などもとらえ、慰安婦をなかったことにする思想背景が日本の再軍備と密接な関係があることを客観的にとらえています。右とか左とか関係なくアメリカ在住の日系二世という真っ白なキャンバスだからこそ描けたドキュメンタリーで、豊富な映像資料とインタビューで構成された力作でした。

 

見えてきたのは史実をねじまげようとする論理は、史実を知る人の証言には到底及ばないということでした。この先史実を知る人がいなくなったとき日本は一体どうなっているのでしょうか。

 

「COLD WARあの歌、2つの心」6月28日公開

 

もう一本、ポーランド、イギリス、フランス合作映画「COLD WARあの歌、2つの心」(パヴェウ・パヴリコフスキ脚本、監督、6月28日公開)も紹介しておきましょう。

 

1949年、ソ連体制下の社会主義共和国となったポーランド。映画は、民俗舞踊団創設のための人材発掘オーディションの場面から始まります。創設者ヴィクトル(トマシュ・コット)とはそこでズーラ(ヨアンナ・クーリク)という金髪の少女に出会い、恋に落ちます。やがて、ヴィクトルは芸術の自由を求めて西側に亡命。民俗舞踊団の花形となったズーラは国に残りますが、舞踊団の海外公演でヴィクトルと再会、イタリア人と偽装結婚して合法的にパリに移住してヴィクトルと同棲生活を始め、ジャズ歌手としてデビューします。しかし商業主義的なパリの音楽界になじめず、再び帰国してしまいます。2つの体制に翻弄された男女のラブストーリーを通して、人が生きることの意味を問うた作品です。映画のラストにはやや疑問を感じないではいられないのですが、自らの人生を全うするためには国体など関係がないということは感じ取れました。1日1日を大切に過ごしたい。そんな当たり前のことに改めて気づかされた映画でもありました。

 

この映画、音楽映画としてもすぐれていて、ポーランドの民俗音楽が効果的に使われています。パリ時代のズーラがジャズアレンジで歌う「2つの心」は、ジャズボーカルとして最高の聴きものでした。ヨアンナ・クーリクが魅力的な歌声を聞かせてくれます。全編モノクロの映像もこの場面は特に艶やかで時代を見事に映し出していました。

 

©宝塚歌劇支局プラス6月23日記 薮下哲司

 

 


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