霧矢大夢、注目のアルドンザ初挑戦「ラ・マンチヤの男」大阪からスタート、真飛聖好演!「もとの黙阿弥」大阪公演も開幕
元月組トップスターの霧矢大夢が、松本幸四郎の相手役アルドンザ役に挑戦したミュージカル「ラ・マンチャの男」が、2日、大阪・シアターBRAVA!で、初日の幕を開けた。今回はこの模様と、元花組トップ、真飛聖が出演した井上ひさし原作の戯曲「もとの黙阿弥」(栗山民也演出)の大阪松竹座公演の模様をあわせて報告しよう。
「ラ・マンチャの男」のセルバンテス役は、1968年の初演以来ずっと松本幸四郎の持ち役となっており、周囲だけが入れ替わってきた。アルドンザも1968年の初演時は浜木綿子、その後、上月晃、鳳蘭とそうそうたるタカラジェンヌOGが演じてきた大役。鳳と霧矢のあいだは幸四郎の愛娘、松たか子が演じ、好評だった。ただこの役は親娘で演じる役ではなく、アルドンザが、霧矢に決まった時点でやっと本来の「ラ・マンチャの男」に戻ったという思いがしたが、初日の舞台を見て、その感をさらに強くした。霧矢のアルドンザは、粗野なあばずれ娘という芯の太さがありながらとにかくチャーミング、ピュアな心を取り戻していくあたりがすごく自然で、ラストの感動を盛り上げた。荒くれ男たちを相手にする場面はもっと色気と迫力があってもいいとは思ったが、それでも新たなアルドンザ像を生み出したといっていいと思う。
「ラ・マンチャの男」は、税吏士セルバンテスが、教会に課税したことをとがめられて宗教裁判にかけられることになり、拘留された牢獄で牢名主に自分の罪の申し開きを劇中劇の形で披露するという物語。「人生に折り合いをつけて、闘うことを放棄すること」を戒めるとともに「夢を決して捨ててはいけないこと」さらに「不毛の地で生きる勇気」を歌ったミュージカル。ただただ楽しいだけの能天気な作品がもてはやされる傾向のあるブロードウェーミュージカルのなかで、生き方そのものを正面から歌いあげた奇跡的な傑作だ。
日本では松本幸四郎がライフワークにしており、1968年の初演以来全公演に出演、今回の大阪公演初日で1208回目となった。初演から何度となく観劇、その都度、新たな発見がある稀有な作品だが、幸四郎のセルバンテスは、さらに渋みが加わり、名人芸の極み。どの場面も滋味豊かで円熟味を増しているが、今回はアルドンザに促されて夢を思い出し、絶命するラストシーンが特に素晴らしかった。
アルドンザ役初挑戦となった霧矢は、大柄な男性陣の中で、ずいぶん小柄に見えたが、オープニングから存在感はさすが。芯のある低音は言うに及ばず、高音もよく伸びて、歌も聴かせた。衝撃的なレイプシーンのダンスなど激しい場面も迫力満点、そんななかで、すさんだ人生のなかに一筋の光を見出すアルドンザのピュアな部分も鮮やかに描出した。
牢名主と宿屋の主人を演じた上條恒彦の手練れの演技も、舞台に安定感を加えた。カラスコ博士の宮川浩とアントニア役のラフルアー宮澤エマが初出演、それぞれ好演で舞台に新風を吹き込んでいた。大阪公演は21日まで。東京公演は10月帝国劇場で。
一方、真飛聖が出演する「もとの黙阿弥」も1日、大阪松竹座で大阪公演初日を迎えた。1983年に東京新橋演舞場で初演された井上ひさし原作の戯曲の再演だ。初演で片岡仁左衛門(当時孝夫)が演じた河辺隆次を片岡愛之助が演じ、水谷八重子(当時良重)が演じた船山お繁を真飛が演じた。ほかにも波乃久里子、大沢健、早乙女太一、床嶋佳子、貫地谷しおり、渡辺哲といった豪華メンバーの出演。
鹿鳴館華やかなりし明治20年ごろの東京浅草の芝居小屋、大和座を舞台に、男爵家の跡取り息子と豪商の一人娘の縁談にまつわる主従の「とりかえばや物語」の騒動劇をメーンに、草創期の新劇運動の胎動も交えて描いた井上ひさしならではの硬派の喜劇。井上流の長台詞のなかに楽隊の演奏、歌をふんだんに織り込んで音楽劇仕立てで展開する。
真飛が演じたお繁は、貫地谷扮する長崎屋お琴の女中。お琴が男爵家の跡取り、隆次と鹿鳴館の舞踏会でお見合いすることになり、相手を吟味するためにお繁がお琴になりすまし、西洋舞踏の稽古に行く。ところが、相手も書生の久松(早乙女)を身替りに稽古をさせたことから話がこんがらがって。星組公演「めぐりあいは再び」と同じ趣向だ。真飛は、最初は人懐っこい女中をコミカルに演じ、お琴に変身してからの当初はぎごちなさで笑わせるが、徐々にそれらしく変身していくさまがなかなかのもの。入れ替わったままで音楽劇を披露することになり、そこで早乙女と歌って踊る場面がハイライトだ。
宝塚時代から演技派だったが、退団後もその実力をいかんなく発揮、舞台では「マイ・フェア・レディ」のイライザ役や「オン・ザ・タウン」で活躍、映画「柘榴坂の仇討」でも好演、大阪シネマフェスティバル新人女優賞を受賞している。今回もそうそうたる共演者を向こうに回して、おいしい役どころを存在感たっぷりに華やかに演じた。
霧矢と真飛は、来春「マイ・フェア・レディ」のダブルキャストによる再演が決まっており、それぞれが別々に大役を演じたあと再び同じイライザ役に挑戦するのがみどころになりそうだ。
©宝塚歌劇支局プラス9月3日記 薮下哲司