©宝塚歌劇団
珠城りょうが宮本武蔵、この公演で退団する美弥るりかが佐々木小次郎に扮する月組公演、グランステージ「夢現無双」(斎藤吉正脚本、演出)とタイをテーマにしたレビュー・エキゾチカ「クルンテープ〜天使の都〜」(藤井大介作、演出)が15日、宝塚大劇場で開幕した。
明日海りおの退団発表があって三日後の月組初日、こちらは同期の美弥の退団公演。大劇場ロビーは心なしか興奮状態、独特の異様な緊張感がただようなか「夢現無双」の幕が上がった。
剣豪、宮本武蔵の半生記を少年時代から佐々木小次郎との巌流島の決闘まで1時間35分で網羅した内容。原作の最初から最後までをテンポよく展開していくが、前半はやや端折りすぎで、せわしないことおびただしい。まあ誰もがよく知っている話なので、皆さんご存知の上という感じで進んでいく。関ヶ原の戦いに敗れ、敗残兵となった無念から剣士としてはいあがっていく武蔵のハングリーさとストイックな精神は、珠城の個性にぴったりで宝塚の舞台に違和感がなかったが、武蔵がなぜここまで剣に執着するのか、そのあたりの根本的なところが、珠城が割とあっさりと演じているので、見ていて共感しにくかった。
ただ、後半、小次郎との対決が迫ってくるあたりで、小次郎役の美弥の存在感が際立って、作品自体に緊張感が漂い、武蔵の究極の目的がはっきりと浮き上がるクライマックスの決闘シーンは短いながらなかなかの迫力で目に焼き付いた。
これまで数多くの俳優が演じてきた武蔵に挑戦した珠城は、そのおおらかな雰囲気が武蔵のイメージにうまくはまり、これはもう企画の勝利だろう。ストイックな部分もうまく表現。これに殺気漂う狂気が見え隠れすれば申し分ないところだが、そこは宝塚、ピュアな人間性を強調したのは致し方ないところか。とはいえ、この武蔵は珠城の宝塚生活のひとつの代表作になるに違いない。
小次郎に扮した美弥は、ある意味主役といってもいい大きな役を、存在感たっぷりに演じた。小次郎が武蔵の父親(紫門ゆりや)を負かす場面がオープニングになっており、武蔵の心にずっと小次郎の影がつきまとうことになるのだが、作品全体の構図として小次郎の掌の中で武蔵があがいているという風にみえなくもなく、そんな小次郎像を美弥が濡れた瞳も妖しく、鮮やかに演じ切り、有終の美を飾った。
武蔵を慕いながら結局は結ばれずに終わるお通には、大劇場コンビお披露目となる美園さくら。台詞のトーンがやや高すぎるのがちょっと気になったが、楚々とした立ち居振るまいが時代劇のヒロインにぴったり、珠城とのコンビもよく似合っていた。
月城かなとは武蔵の幼馴染で同じく剣士を目指しながら、生来の怠け癖で挫折、武蔵とは対照的な人物として描かれる又八役。愛すべき人物像を人間味たっぷりにユーモラスに演じた。月城にとっては新境地ともいうべき役どころ。
暁千星は、武蔵が道場破りに行って負かされ、一年後に再挑戦して斬ってしまう道場主、吉岡清十郎。二度の殺陣シーンしか出番はないが、道場主としての貫録と力強さを自然とにじませた好演だった。
武蔵をめぐる多くの人物が次々に登場、わきが充実しているのもこの作品の魅力。一人ひとりあげるときりがないが、なかでも印象的だったのは武蔵が道場破りで一年間、蟄居する場面で登場する本阿弥光悦に扮した千海華蘭。武蔵を慕うもうひとりの女性、お甲(白雪さち花)の娘、朱美役の叶羽時、そして山賊、辻風黄平から宍戸梅軒となる風間柚乃など。武蔵に大きな影響を与える沢庵和尚は光月るうが的確に演じ、白い鳥に扮して武蔵の周りを飛び交う天紫珠李の存在も異色だった。
同時上演のレビューはタイの首都バンコクをテーマにした「クルンテープ」。鮮やかなオレンジ色の僧衣を着たタイの僧ビティカ(光月)が弟子たちを引き連れて下手から登場、真っ赤な衣装を着た少年デプチャイ(蘭世惠翔)が銅鑼を鳴らすと、ショーが開幕。豪華な被り物をつけた美園を中心とした娘役メンバーが民族衣装で登場、伝統的なタイ舞踊「ラバム」を踊り、オープニングから異国情緒満開。
これまでにもタイ舞踊を使ったショーはあったが、最初から最後までタイ一色というのは初めてかも。金色の宮殿をバックにタイ王室のヒストリーをレビューで再現、珠城、美園の婚礼シーンなど、とにかく豪華絢爛。タイのナショナルスポーツ、ムエタイを月城と暁でショーアップした場面も面白い。続く風間扮する花売りの青年フルンが舟をこぎながら歌で誘うと、蓮の花から珠城と美弥が現れて妖しくセクシーに裸足で踊る。ツボを押さえた展開だ。
中詰めはタイを舞台にしたミュージカル「王様と私」の主題歌「シャル・ウィ・ダンス」を使った総踊り。美弥が残って銀橋ソロのあと、珠城が真っ赤な衣装で男役たちと激しいダンスを展開、ここは決めポーズにちょっとした仕掛けが。
続く「ライキンドクーン」(中島皓平振付)がドラマチックロールで、月城と美園のカップルがクラブに行くと、ステージではナンバーワンホストの珠城と暁が踊っている最中、全員で盛り上がる中、珠城と美園がひかれあいお定まりの悲劇が、という展開。暁がボブヘアーでショートパンツ姿の女役でキュートに踊る、なかなかかわいかった。蘭尚樹が中心となってのロケットのあとは安寿ミラ振付のフィナーレ。ターバン姿の美弥を中心としたダンスが終わっていったんセリ下がり、珠城を中心としたの黒燕尾服のダンスにも再びせり上がりで参加するという凝った演出にファンも大きな拍手で答えていた。珠城、美園のデュエットダンスも「王様と私」からの曲。タイ一色のレビューを華やかにしめくくった。
初日のあいさつでは光月組長が珠城と美園の新コンビ誕生にはふれたものの美弥の退団については一言もふれず、珠城も「この公演でお別れする方たちもいる」だけにとどめた。ここは美弥に対してねぎらいの言葉が一言ほしかったと思ったのは私だけだろうか。
©宝塚歌劇支局プラス3月16日記 薮下哲司