「ボヘミアン・ラプソディー」(11月9日全国ロードショー)
「アリー、スター誕生」(12月21日全国ロードショー)
「バルバラ セーヌの黒いバラ」(11月16日東京以降全国順次公開)
「私はマリア・カラス」(12月21日全国ロードショー)
見ごたえ&聴きごたえ十分の音楽映画が続々登場!
この秋からクリスマスにかけてミュージシャンを主人公にした音楽映画が次々に公開される。ミュージシャンへのアプローチの仕方がどれも個性的でいずれも見ごたえ&聴きごたえ十分。伝説のロックグループ、クィーンのボーカル、フレディ・マーキュリーの半生を描いた「ボヘミアン・ラプソディー」。レディー・ガガが、ロック歌手に扮して映画初主演した「アリー、スター誕生」。フランスの国民的シャンソン歌手、バルバラの半生をテーマにした「バルバラ セーヌの黒いバラ」そして伝説のオペラ歌手マリア・カラスの実像に迫ったドキュメンタリー「私はマリア・カラス」の4本だ。
★ボヘミアン・ラプソディー★
まず伝記映画の王道と言えるのが「ボヘミアン・ラプソディー」。歌のうまい少年がバンドのメンバーにスカウトされて人気者になり、お定まりのメンバーとの仲たがい、ソロ活動といった展開はフォー・シーズンズの伝記映画「ジャージー・ボーイズ」に似たところがあるが、フレディがゲイであることをカミングアウト、本音で生きることを決意したあたりから俄然、フレディの人間性が濃くなっていき、クライマックスの約20分間に及ぶライブエイドの再現シーンは、死期を悟ったフレディの歌への熱い想いと音楽のパワーが混然一体となってその圧倒的な迫力にひれ伏するしかなかった。
映画は、ラミ・マレック扮するフレディ・マーキュリーが、1985年のライブエイド本番直前、舞台に向かう姿から始まり、回想に入って、ラスト再びライブエイドの場面に戻るという構成。今回のための新たな撮影部分と当時の実写、CGが完全に一体となったこのライブエイドの場面は20分ワンカットで撮影されたようにも見え、マレックの神がかり的なステージングとともに後世に語り継がれる名シーンになったと思う。
マレックはフレディ本人とはあまり似ておらず、どちらかというと華奢なのだが、みているうちにそれを感じなくなっていく、その憑依ぶりに驚嘆させられるものがあった。監督は「ユージュアル・サスペクツ」や「Xメン」シリーズの監督として知られるブライアン・シンガー。今回、製作途中でトラブルがあって3分の2を撮影したところで降板したらしいが、本来の力量をフルに発揮した渾身の作品だ。表題作や「ウイ・ウィル・ロック・ユー」などなど、熱唱型のクィーンは当時、暑苦しくてあまり好きではなかったのだが、久しぶりに聞くと懐かしさとあいまって改めて音楽性の高さに熱いものを感じた次第。
★アリー、スター誕生★
歌姫レディー・ガガ主演の「アリー、スター誕生」は、戦前はジャネット・ゲイナー、戦後になってジュディ・ガーランド、その後もバーブラ・ストライサンドと時代をまたいでスターたちが演じてきたスター誕生の裏側を描いたレジェンド的作品のリメイク。もともとは映画界の内幕物だったが、前作から音楽業界になり、今回もそれを踏襲している。
頂点を極めた大スター、ジャクソンが、ふらりとよったバーで歌っていた無名の新人アリーの才能にほれ込んで、コンサートの相手役に抜擢したことから、アリーはスターに上り詰めるが、ジャクソンはアルコール依存症で、スターの座から転落、両者のバランスが逆転していくというストーリー。最近、アカデミー賞を受賞したサイレント映画「アーチスト」もこれに似た話だったような。実在ではなく架空のスターの話だが映画初主演のレディー・ガガが、結構な熱演。とりわけ無名時代の突っ張った感じに雰囲気が出ていた。ガガが演じていることからアリーが、デビュー前から結構な年齢に見え、ジャクソンとの関係も最初からずいぶん大人の関係。「スター誕生」というタイトルとは違和感があるが、ちゃらちゃらした青春音楽映画でない厚みは感じられた。ガガ独特の芯のある歌声はふんだんに聞け、そういう意味では映画の眼目はきちんとクリアしていた。ジャクソン役のブラッドリー・クーパーが自ら監督、主演、コンサートシーンなど初演出とは思えないダイナミックな映像で力量をみせつけた。グラミー賞新人賞を受賞したアリーが、授賞式のスピーチで言うこの映画最大の有名なセリフは、案外さらりと流し、それはそれで2018年という時代を感じさせた。
★バルバラ セーヌの黒いバラ★
3本目の「バルバラ セーヌの黒いバラ」は、エディット・ピアフ亡き後フランスの国民的歌手といわれたシャンソン歌手バルバラの半生にスポットをあてた作品。バルバラ本人を描くストーリーではなく、バルバラの伝記映画の製作現場を背景にしていて、バルバラを演じる女優がその役作りを、監督とともに探っていくという展開で歌手バルバラの実像に迫った異色作。
バルバラを演じる女優ブリジットを演じるのは、アルノー・デプレシャン監督の「そして僕は恋をする」やジャック・リヴェット監督の「恋ごころ」のヒロイン役で私のごひいき女優の一人、ジャンヌ・バリバール、監督役を「そして僕は恋をする」でバリバールと共演、実際の夫婦だったマチュー・アマルリック。監督もアマルリックが担当している。
冒頭、バリバール扮する女優ブリジットがパリに到着する場面から始まり、ホテルの窓から月を見ている場面になるのだが、それがいつの間にか映画の撮影風景であることがわかってくる。見るものを最初から裏切る作り方で、これはバルバラを演じている女優の話ですということを明示してから話が展開していくのだが、これが何物にも代えがたい独特の個性を持ったバルバラの雰囲気をよく伝えていて、なんともいえない不思議な感覚の映画に仕上がった。この秋の音楽映画の中で私はこの映画が一番気に入った。
歌はバリバールが実際に唄っているが、バルバラの代表的な曲「黒いワシ」は、監督が入ったバーのテレビの画面でバルバラ本人が歌っている映像が流れるといった凝った構成。バルバラ本人の歌う映像もふんだんに登場、それを見ながら、バリバール扮するブリジットが手の動きなどを練習する場面などもあり、見ている者の脳に彼女はバルバラではないと何度も植え付けながらも徐々にバルバラ本人とブリジット、ひいてはバリバールがひとつのイメージになっていくあたりはなかなかのものだ。バリバール自身が歌える強みもあり、彼女自身が魅力的であることもある。コンサートツアーの場面では実際のバルバラの映像とバリバールの映像を組み合わせて使うといったトリッキーなことまでやっていて、見ているものを困惑させる。監督自身も撮影が進むにしたがってバルバラとブリジットの区別がつかなくなっていく。
モーリス・ベジャール、ジャック・ブレルなど実在の著名人の映像も登場、バルバラの人生が虚像をまじえてドラマティックに描かれるよりは、ずっとその精神が浮かび上がり、作り手のバルバラへの愛と敬意がストレートに伝わった。アマルリックは著名人の伝記映画を片っ端から見て研究したというが、全く新たなオリジナリティあふれた作品になっていると思う。
★私はマリア・カラス★
そしてもう一本は「私はマリア・カラス」。言うまでもない伝説オペラ歌手で、伝記映画としてはフィクションを交え、ファニー・アルダンがマリア・カラスを演じた「永遠のマリア・カラス」(フランコ・ゼフィレッリ監督)という作品があるが、今回は、すべて本人の映像と本人が残した手紙や日記の朗読のみで構成したドキュメンタリー。デビューから亡くなるまで、よくぞ集めたと思うほどのプライベートフィルムや公式ニュースなど様々な未公開映像を駆使して半生をたどる。カラスが長年のマネージャーだった女性にあてた手紙が折に触れてファニー・アルダンの朗読で紹介され、それがその時々のカラスの心情をよく伝えている。一切のナレーションを加えないその潔さが、観客の想像をさらにかきたて、それぞれのカラスへの想いを増幅させる。私的には「ノルマ」はじめカラスの全盛期の美声がふんだんに聞けるのが至福の時間だった。
ジャン・コクトー、ルキノ・ヴィスコンティ、グレース王妃、ジャクリーン・ケネディ、ブリジット・バルドー、カトリーヌ・ドヌーブら有名人があるときは楽屋であるときは客席で姿が見られるが、一切、クレジットされない。わかったからと言って別に何の得にもならないが知らないよりは知っていた方が楽しくみられる。
以上、今回は4本の音楽映画をご紹介した。芸術の秋たけなわ、みなさんも、いかがだろうか。
©宝塚歌劇支局プラス 薮下哲司