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Channel: 薮下哲司の宝塚歌劇支局プラス
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轟悠 圧倒的な貫録、まさに宝塚歌舞伎の頂点、ギリシャ悲劇「オイディプス王」開幕

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オイディプス王のチラシ


轟悠 圧倒的な貫録、まさに宝塚歌舞伎の頂点、ギリシャ悲劇「オイディプス王」開幕

トップ・オブ・トップ、専科の轟悠が主演するギリシャ悲劇「オイディプス王」(小柳奈穂子脚本、演出)が8月13日、宝塚バウホールで開幕した。ソフォクレス原作のこの有名な悲劇を宝塚でどう料理するのか興味津々のこの舞台。今回はこの模様を報告しよう。

舞台中央に大きな階段がしつらえられ、いかにもこれからギリシャ悲劇が始まりますよという石造り風の荘厳なムード。二村周作氏の装置が開幕前からいつもの宝塚ではない雰囲気を漂わせる。

舞台が暗転して下手にスポットが当たると憧花ゆりの扮するアポロンの巫女が登場。オイディプスがテーバイの王になったいきさつをかいつまんで説明する。この物語のすべてが語り尽くされている憧花の大事なナレーションのあと、オイディプス王に扮した轟が、舞台中央から長いマントを翻してさっそうと登場する。その貫録、見せ方のうまさ、まさに宝塚の男役芸を極めた轟ならではの登場シーンだ。思わず晩年の春日野八千代が「花供養」で最初に登場した場面を思い出した。それほどインパクトがあった。ここを見るだけでも、見た価値はあったと思わせるほどだ。

さて「オイディプス王」だが、「父を殺し、母をめとるであろう」との予言の実現を避けるために放浪の旅に出たコリントスの王子オイディプス(轟)は、怪物スフィンクスを退治した功績で、テーバイの王に迎えられる。しかし、数年後に災厄が起き、オイディプスが国を救うために請うた神託に「前王ライオスを殺した犯人を罰せよ」とのお告げがでたため、ライオス殺しの犯人を捜すうちに衝撃的な真実が明らかになっていく。

ギリシャ悲劇の代表的な傑作で、紀元前以来2500年にわたって上演され続けている。とはいうものの、宝塚的というものとは対極にあるような作品で、芝居としては面白いが、決して明るく楽しいものではない。ミュージカルにもなりにくい作品である。小柳氏は、チェーホフの「かもめ」の宝塚版のとき同様、音楽劇という手法を取り入れ、台詞を歌にしたうえで原作に忠実に宝塚化している。そしてそれが、女性だけが演じる宝塚というフィルターを通して、宝塚ならではの不思議な空間を作り出すことに成功、もとよりかなり特殊な話を女性だけの宝塚という劇団が表現することによって、フィクションがフィクションを生む、これまで見たことのない新たなギリシャ悲劇の世界が生まれた。有名なお話なので、ネタバレにはならないと思うが、轟扮するオイディプスの母親が凪七瑠海という配役は、普通なら考えられないが、それが衝撃と共に力で納得させてしまうところが何とも不思議。
轟のオイディプスは、その貫録、その存在感はもとより、しなやかな立ち居振る舞いに加えてギリシャ悲劇らしい大時代的な台詞回しもよくこなれて、どの場面も、一幅の動く絵画をみているよう。ギリシャ悲劇ならぬ宝塚歌舞伎をみているようだった。「第二章」や「The Lost Glory」の現代ものも素敵だが、こういうコスチュームプレーの圧倒的な存在感は見事だ。これをみていて先日、安蘭けいが演じた「サンセット大通り」の大スター、ノーマ役を轟で見たいとふと思った。実現は難しいだろうが、さぞ圧巻だろう。

轟を中心に専科、月組そして宙組の研1生という混合キャストだが、轟以外で役的に一番大きな役は華形ひかるが扮したクレヨン。轟を相手に堂々としたセリフ回しと存在感で、舞台に厚みをだした。とにかく芝居巧者ばかりがそろっていて、それぞれがワンポイントずつある見せ場、きかせどころに登場、ここぞとばかりに持ち味を披露してくれるのが見ていて、なんとも楽しい。

コロスの長の夏美よう、盲目の預言者ティレシアスの飛鳥裕、コリントスの使者の悠真倫、鍵を握る羊飼いの沙央くらまといったそうそうたるベテラン勢の好演にまじって報せの者に扮した光月るうが、口跡のいいセリフでラストを鮮やかに締めたのも感服した。

そして、月組の人気男役スター、凪七がオイディプスの妻でありながら、実は母親であったことがわかる衝撃の役、イオカステを、凛とした美しさと演技、芯のある高音の台詞で見事に演じ切った。男役が女役を演じることのできる宝塚の強みが、最大限に発揮できた役だったと思う。凪七は「エリザベート」のエリザベート、「ミー&マイガール」のジャッキーと女役を演じる機会が多い男役スターだが、このイオカステはそんな凪七の女役が一番映えた役といってもいいかもしれない。腕の細さにびっくりで、普段よくこれで娘役をリフトできるなあと妙なところでも感心させられた。

休憩なしの1時間半、宝塚を見たというよりも、本格的な芝居を見たという感覚。ギリシャ悲劇を見るならわざわざ宝塚で見なくともいいようなものだが、出演者がすべて女性で全体のトーンが柔らかく、ラストの目をつぶしたオイディプスの血まみれのメイクがまるで歌舞伎の隈取りのように美しく、ああ、これが宝塚のギリシャ悲劇なんだと妙に納得させられた。好き嫌いはあろうが、何にでも挑戦できるのが宝塚の面白いところ。宝塚にまた新たな可能性を開いた作品といっていいと思う。

©宝塚歌劇支局プラス8月16日記 薮下哲司



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