月城かなと、フィッツジェラルド最後の日を熱演「THE LAST PARTY」大阪公演開幕
「華麗なるギャツビー」などアメリカを代表する作家スコット・フィッツジェラルドの最後の一日を描いた月組公演、Musical「THE LAST PARTY~フィッツジェラルド最後の一日」(植田景子作、演出)の大阪公演が、6月30日、梅田芸術劇場シアター・ドラマシティで幕を開けた。今回はこの公演の初日の模様をお伝えしよう。
「THE LAST-」は、2004年宙組、大和悠河、月組、大空祐飛の主演で初演、その後2006年の東京再演を経て、初演から14年ぶりに再び日の目をみることになった。フィッツジェラルド最後の一日の約2時間を、舞台で役者がフィッツジェラルドを演じるという形をとり、虚構であることを強調することによって逆にフィッツジェラルドという人物の真実に迫った植田景子氏らしい細やかな神経の行き届いた知性あふれる作品。舞台劇ならではの転換による時間的飛躍、人物配置などが非常にスムーズでフィッツジェラルドの人物像を分かりやすくしかも巧みに浮きあがらせている。植田氏の数ある作品群のなかでも上位の部類だろう。
舞台は1940年12月21日、フィッツジェラルドが亡くなる二時間前、ハリウッドのシーラ(憧花ゆりの)のアパートの一室から始まる。死を二時間後に控えたスコット・フィッツジェラルドを演じる役者(月城かなと)が、スコットの半生を振り返っていくという構成。場面は、1920年の華やかなパーティーのシーンにタイムスリップ、スコットとゼルダ(海乃美月)の運命の出会いのシーンにさかのぼる。スコットは「楽園のこちら側」で文壇にデビュー、一躍、時代の寵児ともてはやされるが、後からデビューしたヘミングウェイ(暁千星)にとってかわられる。二幕はそんなスコットが立ち直ろうともがきながらもすべてが裏目にでて、愛するゼルダも精神疾患で入院、再起を果たせぬまま死んでいく。アメリカの夢と現実を描きながら、結局、それに飲み込まれてしまった男の悲劇、そんなスコットをいとおしむように描いている。
スコットを演じた月城が、これまでの月城のベストではないかと思うぐらいの素晴らしさ。黒髪の似合う月城には、明るい金髪は決して似合うとは思えず、最初はやや違和感があったのだが、舞台が進んでいくうちに、その立ち姿の堂々たる存在感と、地に足の着いた男役演技で、違和感はなくなり、スコットその人になり切ったかのような自然体の演技だった。なかでも黒のタキシードにトレンチコートをひっかけるという20年代の上流社会ならではのハイファッションが鮮やかに決まった。どことなく陰のある雰囲気もうまくにじませていた。
相手役のゼルダに扮した海乃は、これまで大役を多く演じてきただけに、悪女の典型と言われるゼルダという難役も芝居心のある懐の深い演技で巧みに表現、感心させられた。ただ、一つ残念だったのは上流階級の女性に必要な華やかさが感じられなかったこと。衣装は豪華なのになんとなく受ける印象が地味なのだ。このあたりの見せ方を克服すればさらに一回り大きなヒロインになれそうな気がする。
この二人以外の役としては編集者マックスの悠真倫とシーラに扮した憧花ゆりの。いずれもベテランらしい味わいのある演技で舞台を締めた。悠真が演じたマックスは「ベストセラー」という映画で主人公になっているぐらいの名編集者。スコットやヘミングウェーを育てたマックスを悠真が貫録たっぷりに演じた。一方、憧花が演じたシーラも「悲愁」という映画ではヒロイン。ハリウッドのコラムニストらしい雰囲気を憧花があでやかに体現していた。
ヘミングウェーは暁千星。ヘミングウェー独特の野性的でがさつな感じではなく、頭の切れる青年という感じだったが、幻想の戦闘シーンでの切れのいいダンスなど見せ場もあって、暁らしいヘミングウェーになっていてなかなかの好演だった。
あとは全員がコロス的な存在で、場面ごとに役が変わるが、なかでそれぞれワンポイントの見せ場があり、順にいうとリビエラでのゼルダの恋人エドゥアールが英かおと。純白の海軍士官の制服が決まり、「僕…」という台詞がいかにも似合っていた。二幕ではスコットの秘書ローラに扮した夏月都が面白かった。ここの月城との演技の呼吸が抜群で、暗くなりがちな舞台で一陣の清涼剤的存在だった。スコットの娘スコッティに扮した菜々野ありも月城と「TOPHAT」からの「チーク・トゥ・チーク」を踊るくだりが泣かせた。そして、スコットの小説に忌憚のない意見をはき、スコットに創作意欲をかき立てさせる重要な「公園の学生」には風間柚乃。その自然体でありながら気持ちのこもった台詞が印象的で観客の涙腺を一気にゆるめた。あと「華麗なるギャツビー」の幻想シーンでトムの影に扮した響れおなの目を見張るダンスも目に焼き付いた。
初演にはなかったフィナーレがついているのが今回の特徴で、暁を中心に風間、英らの男役群舞から始まって月城、海乃のデュエットダンスに発展していくのだが、この曲が「チーク・トゥ・チーク」だったのが舞台の感動を引き継いだ形で非常に効果的だった。
月城は「この舞台から何かを感じて頂ければうれしいです」と初日の挨拶。感動の余韻さめやらない客席のファンはとっさに立ち上がることもできず、拍手をするのが精いっぱいといった感じだった。公演は7月8日まで。
©宝塚歌劇支局プラス6月30日記 薮下哲司