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明日海りおが中大兄皇子と大海人皇子を演じ分け「あかねさす紫の花」博多座公演
花組トップスター、明日海りおが、かねてからの念願だったという万葉ロマン「あかねさす紫の花」(柴田侑宏作、大野拓史演出)の上演が実現、そのうえ大海人皇子と中大兄皇子の二役を演じ分けるというので話題になっていた花組博多座公演で16日、明日海が中大兄皇子を演じるBパターンが開幕した。今回はA、B両パターンの比較も含めたこの公演の模様をお伝えしよう。
「あかね-」は、日本の夜明けの時代、中大兄皇子(のちの天智天皇)と大海人皇子(のちの天武天皇)という兄弟皇子が歌人、額田女王(ぬかたのおおきみ)をめぐって激しい葛藤をくりひろげる愛憎劇。柴田侑宏氏が、万葉集にある大海人皇子と額田女王の相聞歌などからインスピレーションを受けて作り上げたフィクションだ。1976年、榛名由梨、安奈淳の主演による中大兄皇子バージョンを花組で初演、その後、雪組で大海人皇子バージョンとして再演され、その後も再演のたびに改定が加えられてきた。今回はAパターンが大海人バージョン、Bパターンが中大兄バージョンとしての上演で明日海がその両方で主演した。大海人バージョンは2006年の月組全国ツアー以来12年ぶり、中大兄バージョンは2002年の博多座花組公演以来16年ぶりとなった。明日海は、2006年の全国ツアーに大友皇子役で出演していた。
まず大海人バージョンは、プロローグで仙名彩世扮する額田が「あかねさす…」と歌うと、舞台中央奥の大ゼリ上の明日海扮する大海人にスポットが当たり「紫の匂える妹を…」と返歌をうたいながら登場、蒲生野の狩りの場面の華やかなオープニングに展開して行く。中大兄バージョンは、額田の「あかねさす」の歌の後、すぐに狩りの場面へと展開、中大兄に扮した明日海が豪華な衣装で登場、天智天皇として即位した祝いの場であることが強調される展開。
しかし、蒲生野での大海人と額田の相聞歌のやりとりからその後の祝宴がメーンのこの舞台にあって、観客の感情移入は愛する女性を兄に奪われた大海人に傾きがちで、明日海もAパターンの大海人の演技がいつになく感情がこもり、とりわけ中大兄が額田を妃にすると宣言した後のどうにも抑えられない気持ちを歌うソロが素晴らしく、観客のハートを鷲掴みにした。
一方、Bパターンで中大兄に扮した明日海も、佇まいだけで他を射すくめんばかりの堂々たる威圧感で、その存在感を十二分に表現、クライマックスの「馬鹿者!」のセリフにすべてをかけたといわんばかりの迫力があった。弟の妃を自分のものにしてしまう強引さが、明日海なら許されてしまうあたりがさすがだった。とはいえ、続けてみるとBの中大兄バージョンは、ストーリー的にやや無理があるようにみえた。やはりこの話は大海人と額田の引き裂かれても思いをひきずる男女の切ないドラマが見る者の心をざわつかせる。明日海はどちらもさすがに巧くこなしたが、タイプ的にもどちらかというと大海人の方が似合っているように思えた。
舞台は蒲生野と最後の祝宴の場面が物語のメーンで、20年前の額田の郷での3人の出会いの場面(大化の改新直前)、中大兄が額田を見初める15年前の難波の宮の場面、10年ほど前の有馬温泉の場面と4つの時制にまたがっており、中大兄、大海人、額田の3人のほか額田を崇拝する若い仏師、天比古の切ない思いがサイドストーリーとして絡み、ドラマに深みを加えている。この天比古という役、初演当時はそれほど大きな役ではなかったのだが、95年の雪組再演で轟悠と高嶺ふぶきがダブルキャストで演じたあたりから出番も多くなり、重要な役に膨らんだ。今回も鳳月と柚香がダブルキャストで演じ、いずれも印象深い。
明日海が大海人を演じたときのAパターンの中大兄を演じた鳳月が、その凛とした立ち姿と鋭い眼光が中大兄の直情的な雰囲気をうまく出して好演。明日海の大海人に対してぎりぎりの作り込みで肉薄していた。一方、Bパターンの明日海が中大兄の時の大海人は柚香。この人は私見では中大兄タイプだと思ったのだが大海人にまわった。柚香は少年時代の純な感じから兄想いの青年の真っ直ぐな作りが予想外に似合っていて、それはそれでよかったのだが、明日海に比べるとまだ深みが足りない。愛する女性を兄に奪われた悔しさの表現がなんだかすごくあっさりしているように見えるのだ。場数を踏んで感情がこもってくればまた変わってくるかも。
肝心の額田女王の仙名は、「あかねさす…」の犬養節の朗誦の美声はさすがで、それを聞くだけでも、この人が額田でよかったと思わせられた。大海人の妃となり、十市皇女を生んで、中大兄に見初められる美貌の変身ぶりにも納得のしなやかさだったが、あまりに回りが美しい、美しいを連発するのはちょっとくどかった。
中臣鎌足は瀬戸かずや。権謀術数にたけた策士的人物で、かなり重要な役どころなので、もう少し腹芸がほしいところ。男役としての色気のある人なので、中大兄の妃を妻に迎えるあたりには違和感はなかった。その中大兄の妃で額田の姉でもある鏡女王を演じた桜咲彩花は、男性優位社会の悲運の女王を決然と演じ切り、これはなかなか迫力があった。
あと印象に残った演者は天比古の兄、銀麻呂を演じた天真みちる、天比古を慕う遊女、小月の乙羽映見の二人。宮中の登場人物とは対照的な庶民の目を代表する役どころでもありこの二人の存在が舞台の幅を広げていた。
あと歌で舞台を大きく底上げしたのが、白雉の賀の歌手、羽立光来の朗々たる歌唱。羽立はレビューの第4章、ビアンデ(肉料理)の場面で明日海、仙名のデュエットダンスの歌唱も素晴らしかった。
そのレビュー・ファンタスティーク「Sante‼~最高級ワインをあなたに~」(藤井大介作、演出)は、昨年「邪馬台国の風」の時に上演された作品を少人数で再構成したもの。ほぼ本公演を踏襲しているが、スタッフと出演者に体調不良者が多くでたために、客席降りが中止になり、客席と出演者が一体となって乾杯する、このレビューの呼び物の場面がなくなってしまい、観客にとっては気の抜けたシャンパンのようになってしまった感がなきにしもあらず。ただ、舞台上のメンバーはフル稼働、大車輪の活躍ぶり。そんななか明日海が肩の開いた純白のスパンコール輝く豪華なドレスのワインの女王として歌う「5月のパリが好き」の場面がゴージャスだった。ほかの変更点としてはフィナーレ近くの明日海と仙名のデュエットが柚香の歌う「男と女」のスキャットになったのと、水美舞斗が女役で瀬戸と踊った場面は帆純まひろに代わり和海しょうがソロを担当したこと。
ショーナンバーとしては、プロローグあとの華やかなシャンパンゴールドの次、ANJU振付の「オドゥール・アニマル」が、宝塚らしいジゴロの場面で今回も一番のみものだった。「ブルージーンと革ジャンパー」をバックに明日海を中心に柚香、瀬戸、鳳月、優波慧らのスタイリッシュなダンスが花組男役の美学を堪能させた。
今回の博多座公演は、「あかねさす-」の役替わり人気もあって、全期間完売の超人気公演。客席は東京や大阪からの遠征組も含めて、熱気でむせかえっていた。プログラムがA、B両パターンあり、表紙の写真が違うだけで中身は同じというのはちょっといただけないが、それでもファンは二種類とも買うのだから“お客様は神様”だ。15、16日の両日、毎日旅行が企画した鑑賞ツアーに同行しての観劇だったが、劇場近くのホテルに一泊しての観劇は贅沢極まりなく、参加した40人のみなさんとともに大満足の博多座ツアーだった。
星組新人公演とツアー日程が重なったため、新人公演評は永岡俊哉氏が代わってアップしてくれた。また、16日には、早霧せいな主演、小池修一郎演出の「るろうに剣心」が梅芸製作、新橋演舞場と大阪松竹座で上演されるというビッグニュースも飛び込んできた。「るろう-」は作者の不祥事があり宝塚での再演はないだろうと噂されていただけに、この形での再登場は驚き。宝塚のトップスターが退団してから当たり役を外部で再演した例は、近くでは榛名由梨の「永遠物語」があるぐらい。汀夏子が「回転木馬」を退団後に主演したという例もあるが、これだけ大掛かりな公演は前代未聞ではないかと。ずば抜けた身体能力の持ち主、早霧の剣心、またひとつ新たな楽しみが増えたといえよう。
©宝塚歌劇支局プラス5月17日記 薮下哲司