新人公演プログラムより ©宝塚歌劇団
良くできていたとは思うが、物足りなさも感じた…。
星組新人公演「Another World」開催
天華えまが3度目の主演を務めた星組のRAKUGO MUSICAL「Another World」新人公演(脚本、演出:谷正純、新人公演担当:指田珠子)が5月15日火曜日に宝塚大劇場で行われた。今回はこの模様を宝塚イズムでも新人公演評を担当している永岡俊哉がお伝えする。(薮下は博多座の花組観劇に出張。)
「Another World」は上方落語の大ネタ「地獄八景亡者戯(じごくばっけいもうじゃのたわむれ)」や「崇徳院(すとくいん)」、「朝友(あさとも)」、「死ぬなら今」などの東西の古典落語をベースに“あの世”での大騒動を描くコメディー作品。本公演では紅ゆずるが熱演していて、大劇場を爆笑の渦に巻き込んでいる。まさに紅の大当たりの演目となった。
そして、気がつけば新公の長の期になった星組の天華えまが3度目の主演を飾った今回の新公だが、紅に対する当て書きと言ってもいいぐらいのお笑い要素たっぷりで、しかも丁々発止のやり取りが随所にちりばめられた“しゃべくり”満載の作品だけあって、若い星組新公カンパニーがどのようなパフォーマンスを見せてくれるのか、楽しみ半分、不安半分で劇場に向かった。
開演アナウンスの後で真っ暗になり、チョンパで始まるオープニングから総踊りは、本公演と人数が違うだけ(46人)で、豪華絢爛な日舞ショーは新公とは思えない素晴らしい出来だった。その後も人数が少ないこと以外は本公演とほぼ同じ内容で、違いと言えば冥途歌劇団の件で植田紳爾を持ち出したところを谷正純に変更して笑いを取っていたぐらいだろう。
そして、実際の芝居は次の幽明境の花園から始まり、康次郎の天華(本役:紅ゆずる)が関西弁でまくしたて、回りとの丁々発止のやり取りをする、これが軸になって物語が進んでいく。天華は関西(滋賀県)出身だけあって、大阪弁は問題なし。ややハスキーな声で、最初はやや裏返ったような聴きづらいことろもあったが、しばらくしゃべるとそれも収まった。歌も合格レベルだろう。まずまずの滑り出しだった。その後も紅から全て教わったと本人が話す通り、本役を忠実に見習って役作りをしていた。ただ、紅に比べると、やや振り幅が小さいと言うか、まじめで面白さが欠けると言うか、頑張っているのだけれど物足りない印象を受けた。
手伝の喜六は極美慎(本役:七海ひろき)で、康次郎とのコンビで物語を進めていく。極美は前回の新公で主演をやっていることもあってか余裕があり、とても伸び伸びと良い演技をしていた。もちろん、本役の七海と同じく関東出身で大阪弁には苦労したとは思うが、今回のMVPと言って良いと思う。しゃべりの間と緩急や、他の演者とのコンビネーションがピカイチだった。
一方の米問屋の若旦那の徳三郎(本役:礼真琴)は研3、102期の天飛華音が抜擢されたのだが、これもなかなかのものだった。余裕も何もなかったとは思うのだが、道楽者の若旦那をステキな笑顔で演じていた。天飛は礼をしっかり研究して自分の中に取り込んでいたのがよくわかる徳三郎だった。歌もあれだけ歌えれば研3としては合格だろう。ただ、ふぐチームを引っ張っていくと言う意味ではまだ余裕が無く、場数を踏むことで成長してもらうしかないのだが、東京新公ではその辺も頑張って欲しいし、礼のコピーからさらに進んで自分のものとして演技できるかにも挑戦して欲しい。
ヒロインのお澄(本役:綺咲愛里)は研4の星蘭ひとみで、前回に続き2度目の新公ヒロインだったが、美形の娘役だけあって、美人座の小野小町の代演として登場する場面から美しさが際立ち、特に立ち姿はなかなかのヒロインぶりだった。人形振りの「崇徳院心中」の日舞は天華と共にとても艶やかだった。ただ、芝居と歌唱はまだまだ改善してもらわないといけないと感じたが、正統派娘役として立っているだけで絵になる人なので、さらに個性も磨き、また様々な役に挑戦して実力を身に着けてもらいたい。
他に目立った生徒についても書いておこう。船頭の杢兵衛(本役:天寿光希)は碧海さりお。派手さはないが、本役をしっかりと研究した役作りだった。めいど・かふぇの茶屋娘の初音(本役:有沙瞳)を演じた小桜ほのかは、くりっとした目の愛くるしい表情とセリフで冥土ツアーのガイド役をテンポよく演じた。新公ヒロイン経験者だけあって、ゆとりも感じられた。閻魔大王(本役:汝鳥伶)は星組新公メンバーきっての演技派で、スカーレットピン・パーネルの新公でショーブランが素晴らしかった遥斗勇帆。メイクがすごすぎてプログラムを観ないと遥斗だとわからなかったのだが、今回も専科のポジションの難役をしっかりとやり遂げた。冥途のスター(本役:美稀千種)は研3の咲城けいが演じ、一人で銀橋に立つ初体験を多分したと推察するのだが、歌も動きもなかなかのものだった。ただ、まだ遠慮があると言うか、演技も歌もトップスターとしてもっと男臭い、「俺だけを見ろ!」的な演出が欲しかったので、東京新公ではその辺にも挑戦して欲しい。ちなみに、咲城は桃太郎(本役:極美慎)も演じ、こちらは古典的ヒーローの桃太郎らしい素晴らしい笑顔を振りまき、熱演した。娘役でとても良かったのが、天女(本役:白妙なつ)の瑠璃夏花。研2だが非常に堂々としていて、また可憐な顔立ちで歌声も澄んで美しく、ヒロイン候補を発見したと感じた。あと、元は虞美人だった艶冶(本役:音波みのり)を演じた研4で雪組から組替えしてきたばかりの桜庭舞も、出番はわずかだったが芝居が上手く、表情や歌が印象に残った。この人の芝居はもっと長い時間見たいものだ。美人座の阿漕(あこぎ)(本役:夢妃杏瑠)は新公の長だった有沙瞳が演じ、激しい性格の芝居小屋の座頭を本役さながらにおもしろく演じていたのだが、やや一本調子だったと言うか、もっと間と緩急を大事にして欲しいと思った。彼女に関しては、かつて「伯爵令嬢」でセンセーショナルを巻き起こした救いようのない悪役「アンナ」の演技を超える芝居を観られる日を心待ちにしているのだが…。
最後に新公トータルについて述べておこう。今作品はしゃべくりの落語がモチーフの作品だけに、出演者同士の演技やセリフのキャッチボール、コンビネーションが極めて重要だ。落語なら一人の演者が最初から最後まで全場面、全登場人物を演じるのだから、つながりもダイナミックさも抜群に良い。それを舞台でやるのだから大変なのだろうが、本公演ではそれが完ぺきとは言わないまでも、非常に高いレベルでちゃんとできていた。しかし、残念ながら、今回の新公ではそれがややできていなかった。もちろん、芝居全体に破綻は無く、なかなかの出来だったのだ。しかし、何か物足りない。それは、各演者が頑張っている姿は見えるのだが、自分だけがんばっても次にうまくパスできていない、そしてパスをうまく受け取っていないからなのだ。これでは作品としてつながりが悪いと言うか、ダイナミックさが削がれてしまうと言うか、とにかく面白さが半減してしまうのだ。大切なのは「全体の中で各シーンがどんな意味があるのか、どうつながっているのかを通しで理解しているか?」と言うことなのではないだろうか。新公メンバーとは言え、台本全てに目を通しているはずなので、必ずできると思う。東京の新公ではそこをクリアしてもらいたいものである。
(東京宝塚劇場での新人公演は7月5日)
©宝塚歌劇支局プラス 5月16日 永岡俊哉 記