涼風真世、圧倒的な貫録、ミュージカル「貴婦人の訪問」開幕
涼風真世、山口祐一郎、春野寿美礼はじめ日本のミュージカル界を代表する錚々たるメンバーが顔をそろえた新作ミュージカル「貴婦人の訪問」(山田和也演出)が、7月27日、東京・シアター1010のプレビュー公演から開幕した。8月14日からの東京・シアタークリエ公演より一足先に5日から始まった大阪・シアターBRAVA!公演の模様を報告しよう。
かつて私刑(リンチ)同然の裁判によって町を追われた女性クレア(涼風)が、20年後、億万長者となって故郷に帰ってきた。町の財政は破綻、有力者たちはクレアから援助を受けようと掌を返したように歓迎する。クレアは支援を快諾するが、彼女を捨て、現在は町で雑貨屋を営む男アルフレッド(山口)の命と引き換えという条件をつける。自分を苦しめた人々に金の力で復讐しようというクレアに、人々は動揺するが、マスコミはアルフレッドの動向を集中攻撃して…というストーリー。
原作はフリードリッヒ・デュレンマット原作による痛烈な風刺戯曲。1964年にイングリット・バーグマン、アンソニー・クインの主演で映画化され「訪れ」(ベルンハルト・ヴィッキ監督)のタイトルで日本でも公開されている。タイトルからまさかこの映画の原作のミュージカル化とは思わずに見たので、これと同じ原作だと知った時は、衝撃的な結末を知っていただけに、少なからず驚いた。今年のトニー賞でチタ・リベラが主演女優賞にノミネートされた「The Visit」も同じ原作。今回、公演されたものとは曲も演出も異なるが、それにしても、こんな暗い話がミュージカルになるとは、時代も変わったものだ。
舞台は、クレアが帰ってくるというので、町中が大騒ぎになっているところから始まり、自家用機の爆音とともに、さっそうとクレアが帰還する場面となる。まずは涼風が黒ずくめの豪華な衣装で貫録たっぷりに登場する場面がみどころ。市長のマティアス(今井清隆)校長のクラウス(石川禅)警察署長のゲルハルト(今拓哉)牧師のヨハネス(中山昇)たちはクレアに財政援助を依頼する大役を、アルフレッド(山口)に白羽の矢を立て、アルフレッドもそれを快諾する。この時点で、クレアがなぜこの町を出て行ったのかということに対して誰も疑問を抱かない。そして、それは大きな代償をともなうことになる。クレアがアルフレッドの死と引き換えに財政援助を快諾したことから、町の人々のアルフレッドを見る目が豹変していく。身の危険を感じたアルフレッドが街を出ようとすると、駅で待ち構えた群衆たちが、彼が列車に乗るのを阻止するナンバーは身の毛がよだつ。
なんだか、経済至上主義の現在社会の行く末をあぶりだしたような内容。昔、映画を見たときは、現実になるとは思わなかったのだが、いまのご時世、生活の安定のためなら一人や二人いけにえにしても当たり前の社会に成り果てていて、それを50年以上も前に予見した戯曲であったことを再確認。とはいえ何ともうすら寒い話である。
復讐に燃えた涼風のクールな感覚が、圧倒的な存在感で魅了した。やりようによっては成りあがりの下品な感じのする役になってしまうのだが、そこはさすがに気品をたたえ、まさにクールビューティーそのものだった。周囲を威圧するような貫録たっぷりの演技に加えて歌唱が素晴らしく、低音から高音までよく伸びていた。涼風の当たり役になりそうな予感がした。全体的にも、このミュージカル、涼風一人で魅せたようなものだった。
山口、今井、石川、中山の男性陣は歌の実力はいまさらいうまでもなく、モーリッツ・シュナイダーとマイケル・リード作曲の難曲をよくクリアしたが、それぞれ強烈な個性の役であるのに、なぜか誰も面白みがない。もっと猥雑でどぎつい感覚があればさらに深みが出ると思う。一方、アルフレッドの妻、マチルダを演じた春野も、歌のソロはさすがだが、演技的にはあっさりしすぎてやや不満だった。
「エリザベート」「モーツァルト!」「ルドルフ」「ダンス・オブ・ヴァンパイア」に次ぐウィーン劇場協会発の新作だが、これまでのようにファンから支持が得られるかどうか、注目したい。
大阪は9日まで。続いて13日から31日まで東京・シアタークリエ。9月4日から6日まで福岡・キャナルシティ劇場、9月11日から13日まで名古屋・中日劇場で上演される。
©宝塚歌劇支局プラス8月7日 薮下哲司 記