©宝塚歌劇団
宙組誕生20周年記念公演で、真風涼帆、星風まどかの新コンビ披露公演、宙組公演、ミュージカル・オリエント「天(そら)は赤い河のほとり」(小柳奈穂子脚本、演出)とロマンチック・レビュー「シトラスの風―Sunrise―」(岡田敬二作、演出)が16日、宝塚大劇場で開幕した。今回はこの模様をお伝えしよう。
「天―」は、小学館発行の「少女コミック」に1995年から2002年まで連載された篠原千絵氏原作の同名漫画をミュージカル化した新作。紀元前14世紀、古代オリエントのヒッタイト帝国(現在のトルコ中央部)を舞台に繰り広げられる歴史ファンタジーだ。コスチュームプレイが似合う真風と清楚ななかにも現代的感覚もある美少女、星風にとってはうってつけの題材で二人とも適役好演。お披露目公演としては大成功だったが、いかんせん全28巻の長編を1時間40分にまとめているので、波乱万丈のストーリーにもかかわらずエピソードの羅列に終始、駆け足すぎてやや上滑り気味、後半にむけてのうねるような盛り上がり感にとぼしい。長編漫画をパラパラめくりながら読んでいる感覚だ。さすがの小柳マジックも今回ばかりは不発気味だった。
舞台は、現代トルコの遺跡発掘現場。遺跡からヒッタイト帝国のムルシリ2世(真風涼帆)とその皇妃ユーリ・イシュタル(星風まどか)に関する粘土板が発見され考古学者たちが沸いている場面から始まる。粘土板に書き記したのは王の従者だったキックリ(凛城きら)。舞台は一転して古代ヒッタイトにタイムスリップ、芹香斗亜、愛月ひかるらのあと最後に豪華な古代衣装に身を包んだ真風が登場すると満員の客席からは大きな拍手が起こる。新トップお披露目にふさわしい晴れやかなオープニングだ。主題歌による総踊りが一段落するとキックリが進行役となって時代背景を説明、物語が進んでいく。
優れた才能で世継ぎと目される第三皇子カイル(真風)は、暁の明星輝くある日、宮殿の庭にある泉から突然現れたユーリこと現代の女子高生、鈴木夕梨(星風)と運命の出会いをする。実子に皇位を継がすため、他の皇子を亡き者にしようと画策する皇妃ナキア(純矢ちとせ)が、いけにえにするために現代から呼び寄せた少女で、それを知ったカイルは、ユーリの身を守るために側室としてかたわらに置くことにする。
現代的な感覚で物事をとらえ、運動神経抜群のユーリは、古代の人々の心をつかみ、戦いの女神イシュタルとして崇拝されるようになる。そんなユーリをいつしか深く愛するようになったカイルは、彼女を正妃に迎え、理想とする国づくりに邁進したいと考え、ユーリもまたカイルとともに生きることを願う。というのがストーリーの本筋。
このカイルとユーリのラブストーリーを縦軸に、ユーリが望む現代への帰還、隣国のミタンニやエジプトとの武力対立、そして皇妃ナキアの陰謀など2人の前にたちはだかるさまざまな障壁を横軸に物語は複雑に交錯していく。
舞台はとにかく展開がスピーディー。登場人物の名前や地名など聞きなれない語感のものが多いうえ、台詞の情報量が多いので、スターにみとれているとストーリーから置いてきぼりになりかねない。現代からタイムスリップした少女と古代の皇子が通訳なしで話せたり、敵対していたはずのミタンニ国のマッティワザ(愛月ひかる)がいつのまにか味方になっていたり(説明はあるのだがほとんどの人が聞き逃していた)、突っ込みどころ満載、その辺でひっかかると先に進めなくなる。もしそうなったら、いっそのこと真風と星風だけを見て、詳しいストーリーは気にしない方が賢明かも。紆余曲折の上、ハッピーエンドになる時代を超えた壮大なラブストーリーを黙って思いきり楽しみたい。
カイルに扮する真風は、もともと軍服が似合う典型的な宝塚の貴公子タイプだが、それだけにこだわらない現代的なセンスもあり、古代の皇子とはいうものの漫画チックで軽い感じがうまくはまった。もちろん華やかな古代衣装はその美貌をさらに引き立たせ、センターオーラはひときわ大きく輝いた。下村陽子作曲の主題歌も真風の音域にあっていて心地よく聞くことができた。
相手役の星風は、舞台人としての天性の資質を持つ実力派。早くからバウ公演や新人公演のさまざまなヒロインを演じてきたが、今回は古代にタイムスリップした現代の高校生というこれまでにない新しいキャラクター。活動的なミニの古代衣装で、立ち回りもふんだんにあり、まるで漫画から抜け出してきたよう。敵国のエジプトの武将ラムセス(芹香斗亜)からも好意をよせられるなど古代の人々すべてを魅了するにふさわしい前向きの明るさがよく伝わる好演だった。
そのエジプトの武将ラムセスを演じた芹香は、これが大劇場での宙組お披露目公演。「WEST SIDE STORY」のベルナルド役の時はそうも感じなかったのだが、今回はエジプト軍の軍服が映え、見違えるばかりの堂々たる見事な二番手ぶりでその存在感の大きさに圧倒された。真風とは敵国ながらどちらも一目置く存在で、ライバル的な関係。一見、チャラチャラしているように見えながら、体育会系の一本芯が通ったものを持ちあわせた男気のあるタイプを少ない出番で巧みに表現した。花組時代とは違う新たな芹香を見た思いだ。
同じ敵国ミタンニの黒太子マッティワザに扮したのは愛月。「不滅の棘」の白づくめから今回は黒づくめへの変身で、冷酷無比で残忍な人物。このなかでは一番、漫画的であり、ヒールなおいしい役どころなのだが、なにせダイジェストなので、回想シーンとかで過去の説明はあるものの深く描かれるところまではいかず、ユーリとの戦いで彼女に心酔して味方に付くあたりもやや説明不足だった。とはいえ「神々の土地」のラスプーチンの余韻もあって役そのものもオーバーラップして、個性的な役を楽しんで演じていた。
あと主要な役では途中で死んでしまうカイルの義弟ザナンザに扮した桜木みなと。実在の人物であるエジプトの王太后ネフェルティティの澄輝さやとが印象的。澄輝は初の娘役への挑戦で金色に輝く豪華な衣装に身をまとい、なかなかの存在感だった。
和希そら、留依蒔世、瑠風輝の期待の男役3人は、カイルの守護隊メンバー。最後にカイルを裏切る瑠風が異色の役どころ。大抜擢はカイルの罪をかぶって死ぬ使用人の少年ティトに扮した愛海(まなみ)ひかる。愛くるしい笑顔とすがすがしい演技で印象に残った。
今回が退団公演となる専科の星条海斗は皇妃ナキアを慕う神官ウルヒ。白衣に長いブロンドの髪は漫画から抜け出てきたそのままのイメージだが、辛い過去を持つ控えめで静かな役、台詞のトーンも抑え気味で、星条としては最後に新生面開拓といったところ。
古代のロマンのあとは宙組誕生20周年を記念したロマンチック・レビュー「シトラスの風-Sunrise-」。1998年4月、宙組第一回公演のレビューのリニューアルバージョン。2014年2月、中日劇場公演とその後全国ツアーでも上演されており、今回、晴れて大劇場での再演となった。
続く、懐かしいハリウッドミュージカルを彷彿させる「ステートフェア」の場面のあとの「Soul Spirit」(謝珠栄振付)が今回の新ナンバーのひとつで、かつてのダンスの名手、Mrボ―ジャングルに扮した寿つかさがいい味を見せた。続く「アマポーラ」が星条の銀橋ソロから中詰めの総踊りまで続くビッグナンバー。一曲をさまざまなテンポにアレンジして繋げていく力業が岡田氏ならではで、圧倒的な迫力を生んだ。
場面は一転、19世紀のシチリア。星風のアリアとともにイタリアオペラの世界に。軍服姿もりりしい真風、芹香が星風をめぐっての恋のさやあて。ショー定番の場面がオペラの名曲をバックに絢爛たる舞踏会で展開されるとなんだか品格が感じられるのが不思議。
ロケットのあとがいよいよ「明日へのエナジー」。初演以来、この場面だけ抜粋して上演されることもあるショーの名場面で、振付は謝珠栄。ゴスペルの魂を熱い歌とダンスで表現したもので、ベルリン公演ではこの場面が終ったあと満員の客席が総立ちの拍手を送った。
今回は初演で歌った姿月あさとが直々に振付指導に当たったが、そのせいか全員にいい意味での緊張感が生まれ、さらに見ごたえのある場面に仕上がっていた。
続いて退団公演の星条のための銀橋ソロがあり、真風、星風新トップのための「Sunrise」へと続き、デュエットダンス、総踊りと発展、フィナーレのパレードとなった。
真風は「宙組20周年という記念公演でお披露目をさせて頂くことができる幸せと共に大きな責任も感じています。これからも宙組をよろしくお願いします」などと挨拶。鳴りやまない拍手に何度もカーテンコールがあり、総立ちの客席に「この景色を忘れず、これからも精進します」と丁寧にお辞儀をしていたのが印象的だった。
©宝塚歌劇支局プラス3月17日記 薮下哲司