星組公演、ミュージカル「ベルリン、わが愛」タカラヅカレビュー90周年「Bouquet de TAKARAZUKA」開幕
星組トップスター、紅ゆずるのトップ就任以来、初めてのオリジナル2本立てとなるミュージカル「ベルリン、わが愛」(原田諒作、演出)とタカラヅカレビュー90周年「Bouquet de TAKARAZUKA」(酒井澄夫作、演出)が、29日、宝塚大劇場で開幕した。今回はこの公演の初日の模様をお伝えしよう。
「ベルリン-」は、原田氏の「Je Chante」「ニジンスキー」に続くヨーロッパ20世紀初頭シリーズのドイツ版。サイレントからトーキーへの過渡期に揺れる1920年代のベルリンの映画界を舞台に、ナチスの介入を逃れ、映画製作の自由を求めてハリウッドに旅立つ若き映画人たちの姿を描いた硬派のオリジナルミュージカルだ。
「メトロポリス」「M」などで有名な映画監督フリッツ・ラング、黒人のカリスマレビュースター、ジョセフィン・ベーカー、「ふたりのロッテ」の絵本作家ケストナー、“プロパガンダの天才”といわれたナチスの宣伝全国指導者ゲッペルスなど実在の人物を数多く登場させながら、紅扮する新進の映画監督と綺咲愛理扮するコーラスガールのラブストーリーが展開する。原田氏ならではのなかなか興味深い題材で、大いに期待したのだが、このフィクション部分が、やや平板で、もうひとひねりほしかった。この時代のドイツやイタリアの映画界を描いた映画や舞台に比べても、ナチスとそれに対する映画人の葛藤の描き方がステレオタイプで物足りなかった。専科の凪七瑠海扮するゲッペルスの人間性が一面的にしか描かれていないのがその一例。衣装などこの時代の雰囲気はよく出ているだけに惜しい気がした。松井るみ氏の装置は、今回は構成舞台ではないが全体的に暗い印象。紅と綺咲の銀橋でのラブシーンで、劇場全体が星空になる幻想的なシーンがあり、それはそれで素晴らしかったが、ここは当然、二人のダンスシーンに発展していくだろうと思っていたら、何も起こらなかったのにも少々肩すかしだった。
舞台は1927年のベルリン。フリッツ・ラング監督(十碧れいや)のSF超大作「メトロポリス」のワールドプレミアの場面から始まる。助監督の青年テオ(紅)友人で作家のケストナー(礼真琴)その恋人のルイーゼロッテ(有沙瞳)も駆けつけてくる。幕が開くと舞台が客席になっていて、これから登場する主要人物たちも着飾った装いで着席している。映画が終わり、それぞれの映画への反応がスポットで示される。登場人物をそこで一挙に手際よく紹介していく。なかなか洒落たオープニングだ。映画は失敗(現在の評価はカルト的傑作)に終わり、制作会社のUFAは倒産の危機に。ナチス傘下の実業家(壱城あずさ)に売却するか起死回生のヒット作を生むか、二者択一を迫られたクリッチェ社長(美稀千種)はプロデューサーのカウフマン(七海ひろき)と相談、低予算の娯楽映画を製作することを決定する。助監督のテオは、ドイツ初の歌入りトーキー映画の製作を提案、さっそくキャスティング作業に入る。折しもベルリンでは“黒いビーナス”ことジョセフィン・ベイカー(夏樹れい)が公演中、さっそく出演交渉するのだが、ジョセフィンは出演を辞退、偶然、通りがかったコーラスガールのレーニ(音波みのり)が名乗りを上げたことから彼女のオーディションをすることになる。テオはレーニより一緒にいた友人のジル(綺咲)に一目ぼれしたのだった。若手俳優ロルフ(瀬央ゆりあ)とレーニの主演による映画「忘れじの恋」は無事完成、脇役で出演したジルに注目が集まり、ゲッペルス(凪七)の目にも留まるところとなる。しかしジルがユダヤ人であることが分かって……。とまあこんなストーリーだ。
紅は、不幸な生い立ちのなかで映画に希望を見出し、映画の魅力にとりつかれた青年という設定のテオを、紅独特のユーモアを交えながらもストレートに演じ、一途な若者の純粋さのようなものをうまく表現。相手役の綺咲も、一介のコーラスガールから人気スターへと洗練されていく過程が、劇中ともリンクして巧みに表現、少女役からから大人の役と、さまざまな役柄を経験した引き出しがここにきて功を奏したといえよう。
絵本作家でシナリオライターのケストナー役の礼は、紅の相棒的な役どころを、地に足の着いた演技とのびやかな歌声で的確に演じて好演。台詞の口跡がクリアなのが聞いていて気持ちがよく、礼が話し出すとほっとする。恋人役ルイーゼロッテの有沙とのユーモラスなやりとりも実力派の二人ならではの絶妙の呼吸で、有沙も久々に本領を発揮した。ラストで礼がプロポーズする場面では、客席からも思わず応援の声が上がったほど。
あとはおおまかに映画会社の重役チームと映画製作の現場チーム、そして凪七率いるナチスチームに分かれる。重役チームは全員グレーのスーツ、プロデューサー、カウフマン役の七海を筆頭に如月蓮、麻央侑希らの中堅男役が勢ぞろい。現場チームは若手俳優ロルフ役の瀬央はじめ紫藤りゅうや天華えまら若手メンバーが、カギ十字もものものしい黒の軍服をまとったナチスチームは凪七を中心に漣レイラ、桃堂純らの親衛隊や実業家フーゲンベルク役の壱城らが取り巻く。
凪七は、専科入りして以来初めて月組以外の大劇場公演への出演。冒頭の映画館の客席で姿を見せるが本格的に登場するのは始まって30分ぐらいたってから。黒の軍服姿で銀橋にすっくと立った凪名ゲッペルスは思わず背筋が凍りつくような威圧感に満ち、腹の底から押し出すようなセリフも凄みがあり、かつての凪七からは信じられないくらい男役として一皮むけた感があった。ただ、ゲッペルス自身は人間的に深く描かれているわけではないので、ジルに迫る場面がなんだかエロおやじにしか見えない。凪七が好演しているだけに悔しい。
ほかでは瀬央が演じたロルフが、若手男役のための典型的なかっこいい役で、瀬央がおいしい役を好演していた。新人公演でヒロインに抜てきされた星蘭ひとみが、テオの少年時代に扮して印象的なシーンに登場、こちらも印象に残った。あとこの公演で退団する夏樹れいが演じたジョセフィン・ベイカーが、夏樹のこれまでの集大成的な役どころで素晴らしかったことを付け加えたい。
一方、タカラヅカレビュー90周年「Bouquet de TAKARAZUKA」は、6人の青年が吹くラッパによる高らかなファンファーレにのってゴールドに輝く光のプリンス、紅が登場。全員が淡いピンク一色に統一された衣装で勢ぞろいするプロローグが華やかそのもの。中央に集まるとそれが大きな花束になる。レビュー90周年にふさわしい、明るく華やかなオープニングだった。
続いて二匹の蝶(咲城けい、水乃ゆり)に誘われた青年(礼)が登場、口ずさむうちにそれが「すみれの花咲くころ」になり、幕が開くと三色旗に彩られたパリのエッフェル塔の装置の前に黒燕尾の紅が紳士淑女を引き連れて登場、「モン・パリ」を歌いだす。ここからが「モン・パリ」90周年を寿ぐ「シャンソン・ド・パリ」のコーナーとなる。紅が引き続き「楽し我がパリ」を歌い継ぎ、凪七が「パリの屋根の下」に続けると、白とブルーのストライプのシャツに真っ赤な靴という若者たちが「オー!シャンゼリゼ」を歌い踊る。このあたりは思わずかつての高木史朗氏のシャンソン・レビューを見ている感覚。続いて観光客目当ての芸人によるコント形式のピガールの場面があって、礼による「ブギウギ・パリ」紅の「夜霧のモンマルトル」と続き、全員勢ぞろいしての「セ・マニフィーク」で華やかな中詰めとなる。懐かしくも古めかしいレビューの一コマが甦った。
続いて、瀬央、紫藤、天華ら若手による銀橋渡りの「サ・セ・ラムール」があって、紅を中心にした極め付けスパニッシュ・ファンタジー。紅には情熱的なスパニッシュがよく似合う。
スパニッシュが終るとあっというまに一気にフィナーレ。スミレの花のロケットから黒燕尾とドレスでの「わが心の故郷」の群舞へ。続いて凪七が歌う「花夢幻」に合わせて紅×綺咲コンビを中心に礼×有沙、七海×音波がトリプルデュエット。ちりばめられた花の中、パレードへと繋いだ。エトワールは天彩峰里、その見事な虹色の歌声に聴きほれた。パレードでは凪七の前に瀬央が一人でおり、芝居、ショーとも活躍度が高かったがここでも劇団の期待度がうかがえた。90周年を祝いながら、きちんと先を見据えている、宝塚ならではだった。
紅は「初めてのオリジナルの二本立てに出演させて頂き光栄です。毎日、ベルリンとパリを行き来しながら千秋楽まで頑張りますので、応援よろしく」と笑顔で初日恒例の挨拶。満場の拍手を浴びていた。
©宝塚歌劇支局プラス9月30日記 薮下哲司