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彩風咲奈が孤高の船長に!ミュージカル・ファンタジー「CAPTAIN NEMO」~ネモ船長と神秘の島~大阪公演開幕
雪組期待の男役スター、彩風咲奈主演によるミュージカル・ファンタジー「CAPTAIN NEMO」~ネモ船長と神秘の島~(谷正純脚本、演出)大阪公演が16日、シアタードラマシティで開幕した。今回はこの公演の模様をお伝えしよう。
「CAPTAIN―」は、「80日間世界一周」や「地底探検」などで知られる19世紀末に活躍したフランスの冒険小説家ジュール・ヴェルヌ原作の「海底二万里」をベースに、潜水艦ノーチラス号のネモ船長を、当時、世界各地の植民地支配を目論んでいた欧米各国を相手に敢然と戦いを挑む孤高の英雄として新たな視点で描いたオリジナル・ミュージカル。ネモ船長とノーチラス号だけを原作から借りて自由な発想で物語を進めていて、ディズニーの映画版とも全く違う。
19世紀後半、イギリスの捕鯨船が南大西洋で謎の遭難事故を繰り返し、船乗りたちからは魔の海域と恐れられていた。イギリス政府はジョイス博士(華形ひかる)海洋気象学者のレティシア(彩みちる)そして新聞記者シリル(永久輝せあ)たちを招聘しラヴロック少佐(朝美絢)率いる調査隊を編成、現地へ艦隊を派遣した。だが魔の海域に近付いたとき艦隊は次々に船底から爆発して沈没。救命ボートで九死に一生を得た一行は、地図にない島に辿り着いた。その島は寒帯地方にもかかわらず、海底火山帯の地熱で温暖な上、地熱を利用した発電装置まで備え、世界中の何処よりも発達していた。島の住民は、東欧、アジア、アフリカなど帝国の植民地支配から逃れてきた人々だった。そして、その島の主は、潜水艦ノーチラス号の船長ネモ(彩風)、寡黙で謎に包まれてはいるが、島民からは絶大な信頼を得ていた。やがて、島の秘密は調査隊の知るところとなり、ロシアの艦隊が大挙して襲撃してくる…。
欧米の先進国がアジア、アフリカの弱小国を苦しめていた19世紀末の世界情勢をヴェルヌの小説を借りて、さらに具体的に分かりやすくかみ砕こうとした意図は分からないでもないが、予想とは全く違った展開で、しかも、設定自体が理解の範疇を超えていて、客席がひいていくのが手に取るように分かり、舞台との熱気の差が激しすぎる舞台だった。戦乱続く現代の難民受け入れの問題にも通じるシリアスなファンタジーだが、人間魚雷を思わせる結末はいくらなんでも時代錯誤甚だしい。孤高の船長に扮した彩風のかっこよさが堪能できたことだけが成果だった。
ポーランド貴族の末裔で、ロシア軍によって家を断たれたという悲しい過去を持つ男というのが彩風扮するネモ船長。大国に蹂躙された体験から、列強に侵略された弱小国の人々を救出するのが使命と信じる男で、寡黙で行動がすべてといった孤高の存在が、ブロンドのヘアスタイルと軍服姿が何やら「エリザベート」のトートにも通じ、長身でプロポーション抜群の彩風にうまくマッチして、なかなか魅力的な男役像を現出させた。昨年「ドン・ジュアン」あたりから毎公演ごとに存在感が増し、歌唱力も徐々に向上、これからの雪組を背負う存在として頼もしい限りだ。今回は一幕プロローグ、二幕プロローグ、そしてフィナーレとソロのダンスナンバーがあり、男役ダンサーとしての彩風の魅力を初めて引き出したのは大きな収穫だった。なかでも二幕プロローグの男役独特の濃い(臭い)ソロのダンスが、彩風の爽やかな個性とともに浄化されたダンスになっていたのがみものだった。ヒロインはレティシア役の彩でほのかなロマンス的雰囲気はあるが、やや薄味でこの辺がこの物語の弱いところだった。彩は勝ち気な役どころは似合っていたが、歌唱が弱いのが気になった。
月組から組替えになり、雪組お披露目となった朝美扮するラヴロック少佐は、終始軍服姿で登場。これが物語のひとつの鍵になっていて、ラストにひとひねりがあり、雪組お披露目としては結構おいしい役だった。若手有望株の永久輝の新聞記者シリルはイタリア人という設定で、この舞台で一番よくしゃべり、後半でも意外な展開の要になる。ただ、朝美も永久輝もロマンス的要素がないのが役としての面白みに欠けた。
娘役は彩のほかにインドの王女ラニ役の潤花、ネモを傷つけるヴェロニカ役の野々花ひまりが大きな役だったが、潤の王女が特に印象的。若手男役はノーチラス号の乗組員のメンバー6人がそれぞれ生き生きしていて見映えがした。久城あす、真地佑果、諏訪さき、眞ノ宮るい、縣千、彩海せらの6人で、彩風を中心にあずき色の軍服で踊る場面が何度もあり、男役をかっこよく見せる究極の振付を全員が楽しげに踊っている姿が気持ちよかった。レム役の久城、ペトレンコ役の真地、ボグダナス役の諏訪あたりにはもう落ち着いた男役の魅力が、ヘディン役の縣、プラマー役の眞ノ宮、ミーシャ役の彩海には粗削りだが若々しい息吹が感じられた。
そんな若手をしっかり支えたのが汝鳥伶と華形ひかるの専科勢だった。自分の命に代えて人々を助けるという大層御立派なお話だが、全体のストーリー展開が大雑把で、作者の意図が十分に伝わっておらず、隔靴掻痒の感がなきにしもあらずだが、彩風以下出演者の生き生きとした頑張りが救いの舞台だった。
初日終了後のカーテンコールで、彩風は「ノーチラス号の再出航にオー!」と出演者全員とエールを交換、千秋楽までの健闘を誓っていた。
©宝塚歌劇支局プラス9月16日記 薮下哲司