新人公演パンフレットより
永久輝せあが軽妙に熱演!雪組「幕末太陽傳」新人公演
早霧せいなと咲妃みゆのサヨナラ公演、ミュージカル・コメディ「幕末太陽傳」(小柳奈穂子脚本、演出)に、期待のホープ、永久輝せあと野々花ひまりが挑戦した新人公演(栗田優香担当)が、5月9日、宝塚大劇場で行われた。今回はこの模様をお伝えしよう。
波音が聞こえる中、緞帳がするすると上がると、そこは幕末の品川宿、相模屋の表通り。大勢の人々が行きかう賑やかな光景のなかに「東海道五十三次、第一番目の親宿・品川宿…」と入るナレーションから、舞台は本公演通りに展開。拳銃の音が響く中、外国人の一団と長州藩士たちが通り過ぎた後、彼らの誰かが落とした包みを拾った町人風情の男、中身が懐中時計であることを確かめると「物騒な世の中だねえ」とつぶやいて、そっと懐にしまい相模屋に入っていく。永久輝佐平次の登場だ。
永久輝の佐平次(本役・早霧)は、セリフの一語一語まで早霧そっくり、早霧直伝の羽織をひょいと宙に飛ばして着る佐平次独特の仕草もすっかり堂に入って、まるで本公演の早霧がそこにいるような錯覚を覚えるほどだった。「ルパン三世」「るろうに剣心」「私立探偵ケイレブ・ハント」と早霧とともに新人公演で育ってきた永久輝だけにそれも道理だろう。場数を踏むにしたがって、センターでの立ち位置もこなれてきて、次代を担うスター候補生にふさわしい存在感も身に付けてきた。今回の役どころは、佐平次自体が前面にでる主役という事ではなく周囲の人物を立てることによって、自分が浮きたたせる宝塚の主演男役にはあまりないタイプの役で、難しさもあったと思うが、早霧というお手本をなぞることで、永久輝自身も大きく成長したようだ。
おそめ(本役・咲妃)の野々花は今回が初ヒロイン。本役の咲妃に比べて歌がやや弱いように感じたが、お客を選り好んでいるうちに板頭(トップ)の座を奪われた女郎の悲哀を、思いのほかしっとりと演じ抜き大健闘だった。「品川心中」のくだりで貸本屋の金造(叶ゆうり)を翻弄する場面は、おくま役(舞咲りん)の羽織夕夏との絶妙のかけあいでおおいに笑わせてくれた。
望海風斗が演じた長州藩士の高杉晋作は、研3の縣千(あがた・せん)が抜擢された。登場シーンは、カリスマ的な存在の晋作を演じるにはさすがにまだ幼い感じがしたが、後半の芝居部分では、永久輝相手に互角の芝居を見せて幼さを感じさせることはなく、期待の大物の片りんを伺わせた。
彩風咲奈が演じた相模屋の主人伝兵衛(望月篤乃)と女房お辰(沙羅アンナ)の息子、徳三郎を演じたのは諏訪さき。家業の参考にと吉原の遊郭に入りびたりの道楽息子だが、ややオーバーな演技が、嫌みがなく自然だった。幼なじみの女中おひさ(桜庭舞)の胸の内を知ってからの変身ぶりも巧みで、今後の活躍に期待したい。
鳳翔大が演じた貸本屋の金造を演じた叶の健闘ぶりも特筆したい。おそめにそそのかされて心中することになり、結局は自分一人が海中へざぶん、腹に据えかねて死体を装って相模屋に運ばれてくる。この舞台で一番おいしい役どころを叶は、鳳翔を手本に芝居心たっぷりに好演。笑いを独り占めした。おいしい役といえばエピローグ的な「お見立て」の場面に登場する杢兵衛役(汝鳥伶)を叶海世奈が演じ、最後の最後でポイントを稼いだ。
おそめのライバルこはる(星乃あんり)は彩みちる。庭先での野々花との大立ち回りや仏壇屋倉造(陽向春輝)と息子清七(彩海せら)を手玉に取る「三枚起請」のくだりなど見せ場が多い大役を、売れっ子としての華やかさを出しつつ、品を落とさず演じ切ったのはなかなかだった。「ドン・ジュアン」のヒロイン役に共通する新しいタイプの娘役といっていいかもしれない。娘役といえば次期トップ娘役が決まっている真彩希帆も芸者豆奴(笙乃芽桜)役で出演した。
久坂玄瑞(彩凪翔)の眞乃宮るいを筆頭とする長州藩士メンバーの何人かに立ち居振る舞いなど男役として未熟なところが見え隠れしたり、江戸落語の闊達な世界を再現するには新人公演メンバーの技量ではまだまだ幼いところもあったが、大きな目標に果敢に挑戦するメンバーの懸命さはおおいに称えたい。それも新人公演の面白さだろう。
5月10日 ©薮下哲司の宝塚歌劇支局プラス