雪組の男役スター、望海風斗主演によるミュージカル「AL CAPONE アル・カポネ」―スカーフェイスに秘められた真実―(原田諒作、演出)が、9日、大阪、シアタードラマシティで開幕した。1920年代のアメリカで闇の一大帝国を築き上げた伝説のギャング、アル・カポネを実力派スター、望海×原田がどう料理するか、開幕前から前評判も高く、前売りチケットは発売と同時に完売という人気に沸く話題作の初日を報告しよう。
1899年、イタリア移民の2世としてニューヨークで生まれたアル・カポネは、10代でマフィアの世界に入り、20代で暗黒街の帝王として君臨するが、その実像にはいろいろな説があり、まさに伝説の人物というにふさわしい。映画や小説などにもたびたび取り上られているが、舞台はそんな伝説の人物を描くにあたってちょっとひねった導入部分からスタートする。禁酒法時代に一世を風靡したギャングということで、舞台には巨大な酒樽が4個あり、その酒樽が回転すると部屋になったり、刑務所になったり、屋上になったりする。松井るみのユニークな装置だ。
その樽のひとつがくるりと回転するとそこは1929年、アトランティック刑務所内のホテル並みの特別房。収監されているカポネ(望海)のもとに脚本家のベン・ヘクト(永久輝せあ)が連行されてくる。カポネが、自身をモデルに描いた映画「暗黒街の顔役(原題スカーフェイス)」の脚本を書いたヘクトに、事実と異なる点を指摘するためだった。そしてカポネが自身の過去を語る形で物語が進んでいく。
著名人の伝記を書くために本人にインタビューしながらその内容が舞台になるという手法はよくあるが、書いた人物を呼び出して、自分の伝記を語り始めるというのは新手かも。顔の傷の真実、そして、育ての親トーリオ(夏美よう)とカポネを裏切ったシカゴ・ギャングのボス、ビッグ・ジム(朝風れい)射殺事件の真実、カポネが知られざる真実を次々と語っていく。
カポネが一介のバーテンから暗黒街の帝王に君臨する前半生をこの形式で描き、二幕はカポネ逮捕に命をかける捜査官エリオット・ネス(月城かなと)との男同士の友情を前面に出し、最後はお抱え弁護士エドワード(久城あす)に裏切られる形で裁判に敗れてシカゴを追放されるまでを描いている。カポネの人間としてのさまざまな部分を描き出すことには成功しているが、やや好人物過ぎて悪の魅力に欠けるのが面白みのなさの原因か。展開も焦点が絞り切れておらず、一生の伴侶となるメアリー(大湖せしる)との出会いや、ネスとの男の友情がいずれも生煮えになり、後半にドラマとしての感動が湧きあがらなかったのが残念。ここは家族のドラマかネスとの緊張感あふれる友情関係に的を絞った方がより面白くなったのではないかと思う。一幕と二幕で登場人物ががらりと変わることから、同じ生徒が何役もすることになり、見ている方が混乱をきたしたことも減点材料。夏美が、前半でカポネのギャングとしての育ての親トーリオ、後半ではネスの上司である連邦政府の財務長官アンドリューとどちらも重要な役でキャストされているのが好例で、これはいくらなんでもちょっと苦しい。
とはいえカポネに扮した望海は、貧困から抜け出そうと這い上がっていく野望に満ちた青年を生き生きとさわやかに演じていて、まばゆいほど魅力的。まずは若き日のカポネが「あの空の彼方に アイ ビリーブ アメリカ いつかきっと」と歌う冒頭の主題歌(玉麻尚一作曲)が印象的。ほかにも望海の歌唱力を十分に生かした佳曲が、カポネの人生の折々に次々に登場、ヘクト役の永久輝、ネス役の月城かなとが歌うソロも充実しており、雪組の実力派メンバーによる歌合戦的なミュージカルに仕上がった。これには全く異論がない。
聴きごたえ十分ななかに、ローリングトゥエンティ風のチャールストンなどの華やかなダンスシーンやギャングたちのスタイリッシュな群舞などもふんだんに登場、ダンシングミュージカルとしても大いに楽しめた。(麻咲梨乃、AYAKO振付)ギャングたちの男ぶりがもうちょっとあがることに期待したい。
月城のネスは、「アンタッチャブル」などでは主役になる捜査官役。今回は一幕でちらりと姿を見せる(ここが後半の伏線になっている)が本格的には二幕からの登場で、カポネとの親交は原田流のフィクションとなっている。カポネを基本的に好人物として描いているので、それを逮捕することに命をかけるという男に共感がわかないのが困ったもので、その辺が月城にとってもやりにくかったと思うが、もう少し表の顔の裏に見せる執念のようなものがでればさらに面白かったかも。
永久輝は一幕でのカポネの聞き役としての登場。月城と後半を分けた形の大役を好演した。実際のヘクトはカポネより年上だが、舞台ではどう見ても年下の設定。ここはもう少し自分の書いた脚本に自信をもった男としてカポネに対応するという形で見たかった。映画のラストシーンをカポネ自身の意を受けて「こうして悪は滅びた」から「世界はお前のものに」と変更したことがネスの口から語られるのがこのドラマのミソ。人にはいろんな面があるということを象徴するとともに、来るべき望海のトップにかけた含蓄のあるフレーズになっている。
しかし、なんといってもこの舞台での儲け役は真那春人が演じたジャックだろう。新聞売りの少年からカポネの右腕となるこの役は、メアリーとともに唯一、一幕と二幕の通し役で、強烈なインパクトとなった。真那は初々しい少年からドスを効かせた後半のギャングへとストーリーの中で成長を見事に浮かび上がらせる好演。登場場面でのソロを大切に歌ってほしい。
メアリーの大湖はいわゆる娘役タイプではない新しい女性役としてこれまでの宝塚にはないヒロイン像を好演、望海との大人っぽいコンビぶりがよく似合っていた。
あとはギャング役の男役陣がそれぞれ、工夫を凝らした役づくりでなり切っているのがおかしくもあり面白かった。なかではバグズ役の香綾しずるがさすが。なり切ってなり切れるものでもないがこれぞ宝塚の美学か。
©宝塚歌劇支局プラス5月10日 薮下哲司 記