永久輝せあ、全国ツアー初主演、花組公演「激情~ホセとカルメン」開幕
花組の次代を担う人気スター、永久輝せあ全国ツアー初主演となったミュージカル・プレイ「激情」―ホセとカルメン―(柴田侑宏脚本、謝珠栄演出、振付)とネオ・ロマンチック・レビュー「GRAND MIRAGE!」(岡田敬二作、演出)が、17日、梅田芸術劇場メインホールで開幕した。稽古の中断などがあって仕上げが遅れ、開演時間を30分遅らせての開演となったが、劇場は相変わらず満員の盛況、木場健之理事長の「ご心配をおかけしておりますが宝塚歌劇を引き続きよろしくお願いいたします」とのお詫びの挨拶から始まった。
「激情-」は、メリメ原作の「カルメン」をモチーフに、柴田氏が宝塚らしくドン・ホセを主人公に据えて波乱に満ちた生きざまを現代のスペインを舞台に脚色したミュージカル。スペインのセビリア、下士官ドン・ホセが自由奔放に生きるロマの娘カルメンに魅了され、彼女への愛ゆえに落ちていく様子をドラマチックに描く。
初演は1999年の宙組。姿月あさとと花總まりコンビの「エリザベート」に続く3作目で、日比野克彦氏の絵具をぶちまけたようなアーティスティックな装置で記憶に残っているが宝塚の題材としてはあまり好ましいとは思わなかった。しかしその後、2010年に柚希礼音、夢咲ねねのコンビによる全国ツアーで再演、続いて15年には珠城りょう、愛希れいかの月組全国ツアーでも再演され、今回が4度目の上演。
ドン・ホセが永久輝、カルメンが星空美咲と、柚香光、星風まどかの退団が決まっている花組にあって2024年後半からの花組を担うであろう二人のコンビのお試し公演のような意味合いももつ公演。また前回の月組公演で原作者のメリメと盗賊ガルシア役の二役を演じた凪七瑠海が今回も専科から特別出演、若い二人をサポートした。
永久輝のドン・ホセは、制服姿も凛々しく、純情で直情的な青年という設定にうまくはまった適役。カルメンに翻弄されて落ちていく心理的葛藤の表現がやや弱く、そのあたりにもう少しメリハリをつければ後半がさらに盛り上がっただろう。カルメン役の星空は、宝塚の娘役最大の難役を、背伸びせずに漫画のヒロインのように自然に演じ切った。「銀ちゃんの恋」の小春役の経験が生きたのだと思う。
原作者のメリメ役と盗賊のボス、ガルシアの二役を演じた凪七はこのメンバーに入るとさすがに貫禄十分、知性あふれるメリメと野性的で豪快なガルシアを見事に演じ分けた。なかでもガルシアの骨太な演技に凪七の新生面を見た気がした。前回の月組公演の時よりもはるかに充実していた。
あと主な役としてはホセの上司スニーガの紫門ゆりや、エスカミリオの綺城ひか理、ロマの仲間、ダンカイレの帆純まひろ、レメンダートの一之瀬航季といったところ。綺城の美形ぶりが際立った。娘役ではホセの婚約者ミカエラに扮した咲乃深音の清々しい演技が印象に残った。
オペラや映画で何度も見ている「カルメン」と違ってドン・ホセを主人公にした視点はいいのだが主人公に感情移入できないというのがこの作品の最大の弱点。その印象は今回も変わらなかった。
一方「GRAND MIRAGE!」は岡田氏のロマンチック・レビュー22作目。大劇場バージョンに比べてずいぶんゴージャスさに欠けるが「ストレンジャー・イン・パラダイス」や「キス・ミー・ケイト」はじめ「アルディラ」などのイタリアンカンツオーネ、そして「シボネー」と耳に心地よい懐メロが次々に登場、永久輝を中心に凪七、彩城、帆純と花組が誇る端正な二枚目男役スターがラインアップするとなかなか壮観。他では見られない宝塚ならではの品格のあるレビューが繰り広げられた。大劇場バージョンで柚香、星風が歌い踊ったパートを永久輝と星空が担い、凪七のための新場面が加えられるなど全国ツアーならではの趣向もあり、小人数ではあるがパステルカラーで埋め尽くされた優雅なレビューだった。
公演中に雪組大劇場公演の初日が12月1日とさらなる延期、宙組東京公演も12月15日以降の開幕予定と発表され、事件の余波はまだ当分長引きそう。花組全国ツアー初日のカーテンコールで挨拶に立った永久輝も「全国の皆さんに宝塚のすばらしさを見てもらえたら」と感極まって涙を浮かべていたのが印象的だった。
©宝塚歌劇支局プラス 11月17日記 薮下哲司