北翔海莉、圧倒的な歌唱力とパフォーマンスで魅了!ミュージカル「こうもり」ショー「THE ENTERTAINER」開幕
ヨハン・シュトラウス作曲の同名オペレッタを宝塚版にアレンジした北翔海莉主演の星組公演、ミュージカル「こうもり」―こうもり博士の愉快な復讐劇―(谷正純脚本。演出)とショー・スぺクタキュラー「THE ENTERTAINER」(野口幸作作、演出)が18日、宝塚大劇場で開幕した。今回はこの模様をあわせて報告しよう。
「こうもり」は、19世紀末のウィーンで初演されたヨハン・シュトラウス作曲のオペレッタ。レハールの「メリー・ウィドウ」とともにオペレッタの代表的な演目だ。日本でもたびたび上演されており、男装の女性が登場する仕掛けがあって元花組の三矢直生や元雪組の平みちが出演した舞台もある。大みそかの舞踏会を背景に、倦怠期のアイゼンシュタイン伯爵とその妻の大人のかけひきに、親友のこうもり博士ことファルケ博士の愉快な復讐がからんで大騒動が繰り広げられる喜歌劇で、舞踏会は華やかだが、ダブル不倫という大人向けの内容なので「清く正しく美しく」の宝塚には無理かなあと思っていたのだが、谷氏はそのへんを大幅に書き換え、ファルケ博士を主人公にしてアイゼンシュタイン侯爵への復讐劇を主軸に展開させた。このオペレッタが本来持つ毒気のある洒落たエスプリはどこかに消えたが、豪華絢爛な舞踏会とシュトラウスの名曲はそのままなので、明るく健康的な宝塚版「こうもり」に生まれ変わった。オリジナルに比べてやや物足りないが、北翔やアデール役の妃海風がうまくて、2人の心地よい歌声を聴いているだけでおつりがくるほど十分楽しめた。
幕開きは礼真琴、妃白ゆあを中心に若手男女のペアが燕尾服とドレスで優雅に踊るワルツの場面から。実はこれが3年前の仮面舞踏会という設定。虹色のこうもりのマントを身に着けたファルケ博士(北翔)が登場して華やかに歌う(吉崎憲治作曲)など宝塚レビューそのもののオープニング。博士と親友のアイゼンシュタイン侯爵(紅ゆずる)はしこたま酔っ払い、侯爵は博士を公園のニケの胸像に縛り付けて先に帰ってしまう。翌日、それがウィーン中の話題になり、ファルケ博士はこうもり博士と町中の笑いものになる。収まらない博士は、侯爵に復讐の機会を狙っていたが、3年後、大みそかに舞踏会が開かれることになり、機会到来と、周到に準備をして侯爵に愉快な復讐を企てる…というのが大筋。
主人公をファルケ博士に設定したことから、アイゼンシュタイン侯爵家の小間使いアデール(妃海)との恋模様を加え、侯爵はダブル不倫ではなく、侯爵が奥方ロザリンデ(夢妃杏瑠)に隠れて夜遊びを画策するも奥方も舞踏会に忍び込んで…という歌舞伎の「身替座禅」風の軽いドタバタに脚色された。3年前の部分もオペレッタでは台詞で説明されるだけなので宝塚オリジナルだ。ストーリーのほぼ半分くらいが舞踏会を中心に展開するため、舞台は華やかそのもの。嘘が嘘を呼び、それを取り繕うおかしみが、このコミック劇の身上。台詞が聞き取れない箇所や、ややオーバーすぎて笑えないところもあるが、これは間合いの問題で、場数を踏めば解決するだろう。舞台が明るいのがなによりで、出演者が揃えばオペレッタは宝塚の舞台によく似合うことを再認識した。
北翔は、その豊かな歌唱力で本領を発揮、大劇場に朗々と響き渡る歌声を聴いているだけで幸せになる。北翔あってこその企画で、まんまと成功させてしまうのも改めてすごい。相手役の妃海も高音域をフルに生かした見事なソプラノを披露、満員の客席からも自然に拍手が起こる。毎日、これを歌うのは至難の業だと思うが、それができることに感嘆。二回公演が多いので、こんな役こそ役替わりが必要だと思った。
紅は、歌よりお笑い担当といった感じだが、演技も歌唱も本人比で格段の成長ぶり。冒頭の酔っ払いシーンから北翔と対等に渡り合い、息の合ったコメディー演技も自然で、その存在感はずいぶん大きくなってきた。「キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン」で一皮むけたような気がしている。今回は役柄的にも紅にぴったりだった。
ほかに大きな役は専科・星条のオルロフスキー公爵と十輝いりすのフランク刑務所長、弁護士の七海ひろき、アイゼンシュタイン侯爵家の執事アルフレードの礼、娘役ではロザリンデの夢妃とアデーレの妹イーダの綺咲愛里といったところ。このオペレッタで一番有名な「シャンパンの歌」は星条が歌う。星条はエキセントリックなコミカル演技はお手の物だが、楽しんで演じている感覚になればさらによくなるだろう。その点、十輝の朴訥としたユーモアの間合いはなかなかで、最初の勘違いはじめ、舞踏会での紅とのちぐはぐなフランス語の会話は大いに笑わせてくれた。七海も軽い役だが、達者なところを見せた。礼はそれほどしどころのある役ではないが声ですぐにわかるのはさすが。夢妃は聞かせどころがなかったのが残念だったが好演、綺咲は役柄にあわせて可愛く演じた。あと専科の汝鳥伶が、ファルケ博士の恩師ラート教授役で、物語を締めくくる見事なソロを聴かせた。それにしてもみんな達者だ。
一方、ショー・スぺクタキュラーと銘打った「THE ENTERTAINER!」は、期待のレビュー作家、野口幸作氏の大劇場デビュー作。クライマックスの102人の燕尾服のラインダンスはじめ、処女作とあってやりたいことをすべて出し切った感はあるが、かつて宝塚でも故小原弘稔氏が得意としたバズビー・バークレイ調のハリウッド・ミュージカル的レビューの見事な現代的再現になっていて、色使いが洗練されていてスマート、緩急自在のテンポも心地よく、もちろん北翔のエンタテーナーぶりもフルに生かし、久々に溜飲のさがるレビューだった。
オープニングから実にいい。濃いブルーの極楽鳥スタイルの8人の「ブルーローズ」が袖から登場、そこへ星型のゴンドラに乗った北翔が舞い降り、一瞬にして衣装をチェンジすると全員が白の燕尾にドレスというゴージャスなプロローグへと展開する。濃いブルーから白に展開する色使いが実にスタイリッシュだ。ショー自体、スターを夢見る青年(北翔)が、さまざまな経験をしながらエンターテイナーに成長していくというストーリー形式になっていて、プロローグが終わった後にすぐに102期生のラインダンスが登場する。大階段に102の人文字、桜色の衣装がなんとも華やかでかわいい。
かつてトミー・チューンが月組のために書き下ろした「BROADWAY BOYS」と雰囲気が似ているが、あちらは初舞台生のロケットをクライマックスに持ってくるように作られていたのに対して、今回はそれを逆手に取った展開。スターにあこがれる北翔は、オーディションの場面ではタップダンス、ジャズ、スパニッシュを披露、あっというまに新作の主役に抜てきされ、舞台は情熱的なラテンショーに、ショーが最高潮に達したところで男役は燕尾、娘役は燕尾ダルマを着た102人のラインダンスへと展開する。ホリゾントに大きなミラーをしつらえ、客席からは倍の200人が踊っているように見せるのも、決して新しい手法ではないのだが、最近とんとなかったので新鮮に映る。ダンスのフォーメーションも鮮やかで宝塚ならではの人海戦術の魅力が堪能できた。
音楽は終始、耳になじみのあるミュージカルの曲をふんだんに使っているのも心地よい。ラインダンスが終わったあと北翔一人が残り、せり上がってきたガラス張りのピアノに座って弾き語りという趣向も。まさにエンターテイナー・北翔のワンマンショーといった感じ。弾き語りの歌がそのまま妃海や紅に歌い継がれ、次の飛翔の場面に展開していくのも心憎い。若手男役勢ぞろいのアイドルユニットの場面はおまけだが、そのあとの紅の場面から北翔、妃海の「Jupiter」をバックのデュエットへとつないでいくあたりも定番だが見ごたえがあった。
星条、十輝の巨女コンビという笑える場面もあるが、とにかく最初から最後まで北翔のエンターテイナーぶりを堪能するショーで、デビューながらそれを見事にやり遂げた野口氏のみずみずしい手腕に新たなショー作家の誕生を見た思いだ。
©宝塚歌劇支局プラス3月20日記 薮下哲司