©️宝塚歌劇団
月城かなと、海乃美月 東西対立時代の恋をコミカルに「フリューゲル」開幕
月城かなとを中心とした月組によるミュージカル「フリューゲル-君がくれた翼-」(斎藤吉正作、演出)東京詞華集(トウキョウアンソロジー)「万華鏡百景色(ばんかきょうひゃくげしき)」(栗田優香作、演出)が18日、宝塚大劇場で開幕した。
ベルリンの壁崩壊直前、東西冷戦の終わりごろ1988年のドイツを舞台に、同じ国民ながら分断されて育った価値観の異なる男女がふとしやことで出会い、反発しあいながら次第に心を寄せていくハートウォーミングなラブコメディーと新進気鋭の作家の大劇場デビューとなったユニークなジャポネスク風レビュー。異色の2本立てとなった。
「フリューゲル」は、月城扮する東ドイツの軍人ヨナスと海乃扮する西ドイツのスーパーアイドル、ナディアのラブコメディーを装いながら実は1961年、東西ベルリンの真ん中に突然建設された壁によって母親エミリア(白雪さち花)と引き裂かれた少年ヨナス(少年時代は朝香ゆらら)の親子のドラマがメインストーリー。プロローグでそのいきさつが語られ、成長したヨナスが軍人となりアフガニスタンに赴任、戦場で知り合った反政府派の革命戦士サーシャ(天紫珠李)を軍規に反して保護する。ここまで約5分、後半への大きな伏線になる部分だが、あまりにも速い展開なので要注意。斎藤氏のオリジナルは幕開きに情報が多いのが特徴だ。
ここで紗幕にタイトルが出て1988年のベルリンとなり物語が始まる。東ドイツの人民軍大尉となった月城扮するヨナスは、国を挙げての文化交流イベントの責任者に任命されたことから海乃扮する西ドイツのスーパーアイドル、ナディア・シュナイダーと出会うことになる。ここで東側がちがちのヨナスと西側の自由奔放な大スター、ナディアのかみ合わない会話がコミカルにテンポよく展開、お定まりだが月城と海乃二人の息の合ったやりとりで大いに笑わせてくれる。会話の中に「東京へ行ったら宝塚歌劇を見よう。万華鏡(ばんかきょう)というのをやってるらしい」という楽屋落ちネタもあって客席をわかせる。
社会主義と民主主義の違いを風刺したコメディーといえばエルンスト・ルビッチが監督、グレタ・ガルボが主演した名作「ニノチカ」を真っ先に思い浮かべるが、宝塚にも2009年水夏希トップ時代の雪組公演「ロシアン・ブルー」(大野拓史作、演出)があり、ベルリンの壁崩壊をテーマに引き裂かれた親子愛を描いた作品といえば1995年の麻路さきトップお披露目、星組公演「国境のない地図」(植田紳爾作、演出)がある。今回の作品はその両方を足して割ったような展開で、なんとなくデジャブ感ありあり。なにをいまさらといった第一印象だったが、分断され思想は違っても、同胞であるという連帯感を、翼を意味する「フリューゲル」という歌とクライマックスの「歓喜の歌」で強調しているところはやはり感動的。頑丈そうな巨大なベルリンの壁が豪快にぶっ飛ぶシーンは大迫力だった。
ヨナスを演じた月城は、生き別れた母親への複雑な思いを抱えながら、規律正しい軍人として成長、しかし赴任したアフガニスタンで革命戦士のサーシャを助けるという人間味もあるという難役を、月城ならではの芝居心で繊細に表現、スーパーアイドル、ナディアに対する心情の変化も自然で納得させた。
そのナディア役、海乃はマドンナをイメージしたらしい役作り。芯のある歌声もパワフルで、なによりからっとした明るさがスーパーアイドルという雰囲気をよく醸しだしていた。
鳳月杏は民主化阻止に動く東ドイツの秘密警察ヴォルフ役。冷徹で先が読める切れ者という役といえばいまやこの人の右に出る者はいない。ヨナスを監視、サーシャ亡命の罪で逮捕するなど物語のかなめになる役どころをさすがの存在感で魅せた。
ナディアのマネージャー、ルイス役の風間柚乃は軽いタッチでコメディリリーフ的存在として登場するが、それだけではなく実は……という役どころ。その含みの持たせ方がさすがで風間ならではだった。
ほかにエミリア役の白雪、サーシャ役の天紫が印象的な役どころ。天紫はフリューゲルのダンサーとしてもラストシーンを盛り上げた。月組メンバー1人1人に当て書き風の役が多くあり、女スパイ、ミクの彩みちるとマリアの羽音みか、教会に集う大学生ゲッツの彩海せら、ノーラのきよら羽麗らが特に目立っていた。退団公演となる蓮つかさの弁護士シューバルト役もいい役で有終の美を飾った。
一方、栗田優香氏の大劇場デビューとなった「万華鏡百景色」は、愛しあいながらも引き裂かれた花火師(月城)と花魁(海乃)が江戸時代から令和の現在まで輪廻転生を繰り返しながら惹かれあう様子を軸に展開する物語性のあるレビュー。パリやニューヨークではなく東京の移り変わりをテーマにしたところが新鮮だ。
梨花ますみ扮する骨董屋から万華鏡をもらった少女(花妃舞音)が万華鏡をのぞき込むと店の骨とう品が動き出し万華鏡に憑いていた付表神(鳳月杏)が銀橋から登場、語り始めるという凝ったオープニング。
舞台中央から花火師月城が登場、舞台全体が打ち上げ花火で彩られると江戸の男女が町の繰り出し総踊りとなる。日本物のレビューとしても異色のプロローグ。明治、大正、昭和、平成と和物から徐々に洋物レビューになっていく展開がユニーク。大正、昭和あたりはやや凝りすぎの感があるが、全員がショッキングピンクの衣装で登場する昭和後期から平成初期の中詰めが圧巻。曲は「DOWNTOWN」「FANTASY」「SAFARINIGHT」とシティポップスを使用、主題歌「万華鏡百景色」で総踊りとなり、海乃が残ってロケットにつなぐ。中詰めでは二階席まで巻き込んでの客席降りが復活、大いに盛り上がった。
平成~令和となって満員電車からスクランブル交差点をレビュー化したアイデアも面白かった。フィナーレは輪廻転生をつづけた月城の花火師と海乃の花魁がようやく再会、華麗なデュエットダンスで結ばれるというハッピーエンディング。パレードのエトワールは麗泉里が美声をとどろかせた。
大正時代、鳳月が芥川龍之介に扮した濃厚な場面をはじめ作家性の強いレビューでトップ二人以外スターを見せる場面に乏しいが、「夢千鳥」「カルト・ワイン」で非凡な才能を示した栗田氏らしい大劇場デビューだった。次はミュージカル作品を期待したい。
©宝塚歌劇支局プラス8月18日記 薮下哲司